小池正浩

点と線と面そして高次元のロジック
 血。  赤。  ナイフで首をすばやく真横に切り裂いて──。  あらかじめタイトルに「血濡れた」と明示されているようにこの本格ミステリー/推理小説の長篇作品は、血や赤がテーマとなり全体をあざやかにその色調にポイント、ポイントで染めあげている。  危険信号、返り血、真っ赤、血溜まり、血痕、出血、彼岸花、赤みがかった、赤色の、サイレン、赤い絵の具などなど、メインカラーにまつわるアイテムやワードで随所を不穏に彩って。  この、血や赤のイメージが、作品内にコンスタントにかつランダムに頻出するのはもちろん、物語上のアクセントやレトリックといった文学的な装飾のみを意味するのではない。作者が意図してくりかえし多用し念入りに彩色するのは、事件それじたいを派手に残酷に見せよう、その後の展開をスリリングに盛り上げようと演出するにとどまらない、本格探偵小説の中心的主題にほかならない謎解きの論理を、よりアクロバティックに、よりダイナミックに構築せんがためなのだ。  犯人も犯行方法も犯行動機も、犯行場面が描かれる冒頭の、ほんとうに最初のほうからずっと、堂々とあきらかにされている倒叙の形式にもかかわらず、核心のアリバイトリックをふせ不明にしているために、いかにして鉄壁の現場不在証明が破られるのか、いかにして完璧とおもわれる完全犯罪が「崩壊」へと導かれるのか、終局へ向かって強く読者は興味を惹かれることになる。アリバイをめぐる犯人役と探偵役の激しい攻防こそが、本作のいちばんの見どころなのである。  血の赤、鮮明なそのヴィジョンと痕跡に関係する物的証拠や状況証拠はすべて、各種のさまざまな、手がかり、布石、伏線、ヒント、情報、データ、材料など、論理的に推理するため、真相究明するために、用意周到に作者によって計算どおり配されたものなのだ。怜悧に鋭く研ぎ澄まされて。  とくに、最後の最後になってあかされる物証と論証はみごとである。すばらしいし、凄まじい。強烈なフィニッシングストローク、最後の一撃まで用意されている。  刮目せよ、そして感受せよ。  これが新しい謎解きのロジック。
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