【3000スター御礼】目指す道(高城視点)

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【3000スター御礼】目指す道(高城視点)

和泉の職場の後輩くん高城君の視点の話です。和泉先生がちゃんと仕事をしているお話を私が書きたくて。今回はゲストが乱入しています。 時間軸は和泉と朔耶が学会で結ばれてからさほどたたない頃。まだ番ってはいません。 ※当然のことですが、それっぽいことを書いておりますが、医療事情についてはすべてフィクションです ୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧  誠心医科大学病院のアルファ・オメガ科の医師として勤務する高城裕哉は実は最近、簡単には立ち直れないくらいショックなことがあった。  自分の担当指導医である和泉暁医師が、実はベータではなくアルファだったらしいのだ。  和泉暁医師は自分よりも七学年上の、現在当院のアルファ・オメガ科のナンバーツーだ。アルファ・オメガ科はもともと専攻する医師はベータが多い。発情したオメガが多く来院するため、アルファの医師には職場環境としてキツいのだ。  そもそも和泉はベータと聞いていた。というか、医局に研修医として入った時点で、医師は全員ベータと聞いていた。アルファの医師とは絡みたくないというのが、この医局を選んだ理由の一つであった裕哉にとって、まさか自分の担当指導医の和泉がアルファとは、「聞いていないよ」と言いたくなる気分だった。  実は裕哉は「ベータの和泉医師」にあこがれを抱いていた。豊富な知識、患者への接し方、そして手術の手技、どれをとっても、ベータの医師として自分が目指すべき方向であり、正直身近で見ていてかっこいいと思っていた。  なのに、実はアルファであったと……。  アルファだったら当然だ。そしてアルファならば、ベータの自分が追い付きようがない……、そう思ってしまうのだ。  しかも、ここ最近はかなり問題だ。  和泉がアルファであると発覚したきっかけは、今年の五月のアルファ・オメガ学会でセミナー修了後に、担当MRだったメルト製薬の新堂朔耶が突発性の発情期に見舞われ、それを介抱したためだという。  セミナーに参加していた看護師によると、倒れかけた新堂を和泉が抱き上げ、悠然と会場を後にしていったという。その後、ふたりの姿を学会会期中に見つけることは叶わなかったとのこと。  その間和泉は急遽休暇を取っていた。そして一週間後、ようやく出勤したと思ったらあっさりと自分がアルファであることを告白し、関係者間(…というか、出入りのMRを含めて)は大騒ぎになった。  その事実だけを辿れば、アルファの和泉とオメガの新堂が発情期でくっついたのは明白だった。  自分には明確に話してもらえなかったが、二人の空気をみれば一目瞭然であろう。  そう、和泉はオメガのMRの青年に骨抜きにされてしまったのだろう。  以来、この二人が漂わせる空気が甘くて、正直自分には息苦しい。  その日、裕哉は資料を纏めるために医局で残業をしていた。タブレットを開いて英論文とにらめっことしているうちに、時間は刻々とすぎ、すでに二十時になっていた。  集中できない……。  こういう日は早く上がってしまうに限るのかもしれないが、なんとなくその思い切りもつかず、タブレットの上を視線が滑るままだった。  そこに控えめにノックする音がした。 「はあい」  惰性で応答する。 「失礼します。お世話になります、メルト製薬です」  控えめにドアを開け、挨拶をしたのは、件のオメガのMR新堂朔耶だった。 「あ、新堂くん、こんばんは」 「高城先生、こんばんは。遅くまで、お疲れさまです」  彼は和泉付きのMRだが、アルファ・オメガ科の医師全員に気配りをすることを忘れない。 「論文ですか?」 「いや……。放置してしまった資料をまとめておきたくてね」 「大変ですね。頑張ってくださいね」  奥のデスクにいた、自分の指導医である和泉が動いた気配がした。 「新堂くん、お疲れさま。わざわざ済まないね」  途端に医局が甘い空気に包まれたと思ったのは自分だけだろうか……。裕哉は内心、うはぁと、うんざりした気分になる。パートナーならば、ここでやらずに一緒に帰って思う存分いちゃつけばよいのだ。ここは神聖な職場だと言いたい。 「いいえ、和泉先生。ご連絡があればうかがうのが仕事ですから!」  新堂は相変わらず熱心だ。彼は自分と同じ年と聞いている。  まあデートではないのかと一安心。  自分がここにいて、本当にいいのかと疑問に思ったが、べつに自分のデスクなので遠慮をすることはない。 「高城、お前まだいるの?」  和泉の問いかけに、頷く。早く出て行けといいたいのだろうかと少し皮肉げに思う。 「はい、資料をまとめておきたいので」  すると、和泉は少し考える仕草を見せた。 「まあいい。お前は少し耳を澄ませておけよ」 「はあ」  和泉によく分からないことをアドバイスされ、裕哉は意図を察しきれずに頷くしかなかった。   すると再びノックがした。 「どうぞ」  今度は和泉が応答する。 「失礼します」  入ってきた人物に、裕哉は度肝を抜かれた。 「お、来た来た」  和泉が気軽な挨拶をする。  久しぶりに見る顔だった。ダークブラウンのスーツに品の良い臙脂色のネクタイを締めている美丈夫……。  その相手は、誠心医科大学横浜病院のアルファ・オメガ科の医師、森生颯真だった。  裕哉にとって、森生は元後輩であり現在は先輩であるという複雑な関係だ。  三学年下だった彼は、裕哉が誠心医大の四年生のときに入学してきたが、瞬く間に後輩から同級生を一瞬で通り抜け、先輩になった。この国では、アルファに限定して飛び級が認められており、その制度を最大限に活用し、最短で医学部を、しかも首席で卒業し、二十三歳で、アルファ・オメガ科の専門医となった。  一方、ベータの自分は二十九にもなるのに、未だ専攻医研修課程だ。これが通常であり、森生が駆け抜けすぎたのであるが、一気に追い抜かれたのはそれなりにショックである。  いわば彼は、はっきり言えばベータである自分のコンプレックスを最大に刺激してくる存在ということだ。  本音を言えば、なんでアルファがアルファ・オメガの医師などやってるのだと、声を大にして問い詰めたいところである。  医師は卒業年度と医師国家試験の合格年度でキャリアを判断される。いくら年が上でも、先に医学部に入学していても、自分はずっと彼の後輩なのだ。   「久しぶりですね。森生先生」 「和泉先生、ご無沙汰しています。高城先生もいらっしゃるんですね、お久しぶりです」  彼はアルファにも関わらず、ベータで後輩の立場の自分に対しても礼儀を忘れない。それがまた、自分を惨めにさせるなんて、彼は考えもしてないのだろうが。  森生が鞄を置くと、和泉が自分の背後で自分の番を紹介する。一体なんの集いなのだろう。横浜病院の森生が本院までやってくることは本当に稀だ。 「森生先生、こちらメルト製薬のMRの新堂朔耶さん。新堂さん、横浜の分院のアルファ・オメガ科の森生颯真先生です」  あくまでビジネスライクな紹介。  森生と新堂は初対面なのかと驚きつつ、裕哉は今更なのだがタブレットのデータに集中しようと意識した。 「森生先生、初めまして。メルト製薬東京中央営業所の新堂と申します。お噂はかねがねうかがっております」 「誠心医大の森生と申します。どうぞよろしくお願いします」  名刺を交換する様子が感じられた。  なんでこんなところで名刺を交換しているのか、裕哉には全く分からなかった。  それでは始めましょうかという和泉の言葉で三人はソファーセットに腰掛けた様子だった。 「はい、こちらで資料を用意しております」  背後から新堂の声。 「森生先生からお問い合わせがあった件、米本社からも回答がありましたのでこちらの資料に纏めました」  しばし紙をめくる音がする。  なんの話をするのだろうか。裕哉は気になって、目の前の仕事に集中できなくなってきていた。 「すごいですね」  森生が一言発した。 「ここまで有用性が高いとは思わなかったな」  それに和泉が答える。 「先日、米本社がアメリカの医薬品食品局……FDAに承認申請した、開発コード番号ML055……フェロモンコントロール剤グランスの、今入手できるデータです」  グランス……。聞いたことない名前だ。  裕哉は内心で首を傾げる。  今、フェロモンコントロールって言っていなかったか。抑制剤とは違うのか? 「まだあまり注目されていないから、話題にもなっていないんだよな。ここまで分かれば、何となくどういうものなのか分かるが……」 「これはすごいですよね」 「森生先生もそう思う?」 「ですよねえ。これ、使い方次第でまさにコントロールですよ。うまく行えば、発情期をこれまで以上にきめ細かくコントロールできますよね」  なんでこれ注目されてないんだ? と和泉が頭を捻る。  新堂の苦笑した声がした。 「たぶんあまり市場規模の拡大が見込めないためだと思います。メーカーとしては旨味がないのだと……」  あーなるほどと医師二人が納得した声を上げる。 「でも、これは和泉先生、もし日本で上市されれば……」  上市されれば……どうなのだ。  裕哉は自身に問いかける。 「ペア・ボンド療法が可能かもしれません」  森生の言葉に、二人が言葉を失った。    ペア・ボンド療法……。どこかで聞いたことがある。  思わず、裕哉は急いでブラウザを立ち上げ、データベースを検索していた。  裕哉が必死に検索している間にも会話が進む。  皆、「ペア・ボンド療法」がどんなものか知っているらしい。悔しい。完全に勉強不足だ。 「かもしれませんね。これまでフェロモン管理は抑制剤だけでは難しかったですが、これがあれば」 「新堂君、番がいるオメガのデータはある?」 「あ、はい。データとしては少ないんですが」 「私にも見せてもらえます?」 「森生先生、こちらです」  裕哉はデータベースに辿り着く。  ペア・ボンド療法。オメガのなかに残る番関係の形跡をあらた強い番関係で塗り替える、番を亡くしたオメガへの治療法。概念はあるものの、現在の抑制剤ではフェロモン治療のコントロールが不十分で、新たな分野の薬剤開発が期待されている……。 「このなかで、番と死別しているオメガの数とか抽出できないかな」 「ちょっと……学術に問い合わせます」 「おそらくこの規模ならば、本当少ないと思うから、数例でもいい」 「承知しました」 「まずは番を亡くしたオメガですね」 「ですね」  医師ふたりが頷いている。この二人は何を考えているのか。  唐突に裕哉は気が付く。  和泉先生が耳を澄ませておけって、こういうことかと。  とたんに顔に熱が集まり、火照ってきた。  猛烈に恥ずかしくなってきたのだ。  自分は、なんて奢ったことを考えていたのだろう。  背後の三人は常にアンテナを張り、それぞれプロの仕事をしている。二人はアルファ、一人はオメガだが、そこに性差はまったく関係ない。アルファ・オメガ科の医師であり、薬剤師でMRであるだけだ。ぞれぞれの専門性を背景に、新たな医療の可能性について議論を重ねている。  自分はこんなところでくすぶっている訳にはいかない。  確かに、アルファ・オメガ科を選んだのは、アルファの医師が少ないという消極的な理由にすぎないが、背後の、専門家の交わす議論に加わり、きちんと自分の知見を重ね、見解を主張できるような医師になりたいと痛切に思う。  裕哉は拳をぎゅっと握る。  アルファ、ベータ、オメガなんて関係ないのに。 「高城」  不意に和泉に呼びかけられる。  裕哉が振り返る。すると、和泉の鋭い視線にさらされた。 「話が気になるなら、こちらに来い」  和泉がこちらを気にしていたのが意外で、この尊敬する人に見捨てられていなかったという安堵も手伝って、その言葉が、すとんと裕哉の腹に落ちる。  自分のつまらないコンプレックスなど、お見通しだったのか、この人は……。 「なんて顔してるんだよ」  和泉が苦笑した。 「早く患者のデータを出せ。お前にとってはここで話を聞いているだけで勉強になる」  裕哉はタブレットを手に、立ち上がる。 「は……はい!」  この人が担当指導医でよかった、と裕哉は思った。この人の背中を追いかければ間違いはない。自分が理想とする医師像に近づくことができる。それはアルファでもベータでも関係ないのだと、裕哉は初めてそう思うことができたのだった。 【了】 ୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧ 今回は、少し青春小説風?に、高城君が医師として化けた瞬間のお話を書いてみました。時間軸としては「懐かしき思い出」はこれより後のお話です。和泉先生も、朔耶と会うとデレるばかりではなく、ちゃんと仕事(後進育成)をしているのです。書きたかったのはそこです!← 現在連載中の「FORBIDDEN」と世界観とキャラが被っており(PRETEND数年後という設定です)、さらに今後も絡ませていく予定なので、未読の方は是非! と先日Twitterで宣伝を入れましたので、今回はあえて、「FORBIDDEN」の主要キャラの森生先生にご登場いただきました。「森生颯真? 誰それ」という方がいらしたら失礼しました。 「FORBIDDEN」はメルト製薬のライバル企業、森生メディカルの社長を主人公にして、二人のアルファがオメガの主人公を構い尽くすというお話です。今回の話に出てきた新薬「グランス」や「ペア・ボンド療法」など、お仕事絡みの話も満載です。今後はメルト製薬も和泉も大いに絡ませる予定なので(大事なかなかことなので2度言いました)タグをご確認のうえ、問題なければ是非是非チェック頂ければ嬉しいです。 FORBIDDEN https://estar.jp/novels/25499726
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