番外編 その後の日々・英国編①

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番外編 その後の日々・英国編①

【お知らせ】 『鎮守の森』番外編『春の雪』エピローグhttps://estar.jp/novels/25788972/viewer?page=137の続きになります。ここまでの経緯を知りたい場合は、鎮守の森・番外編の『春の雪』をお読みになってからの方がオススメです。  読んでいない方には少々ネタバレになりますが、ざっくり説明すると……『まるでおとぎ話』の柊一の弟、雪也がとある理由で英国留学することになりました。心臓の手術が無事成功し、1年後の設定で、瑠衣が日本まで迎えに来て、一緒に渡英するシーンです。  英国での話は『ランドマーク』の中で、ゆっくり書いていこうと思っています。もちろんアーサーや瑠衣の幸せな甘い日々の続きも書きますね。  不定期更新ですが、楽しんで下さると嬉しいです。 **** 「雪也さま、こちらですよ」 「う、うん」 「さぁ、窓際へどうぞ」 「ありがとう」  生まれて初めて飛行機に乗るので、さっきから分からないことばかりだ。ひとりで何でもすると意気揚々と宣言し家を出たものの、すっかり瑠衣にエスコートされてしまい、面目ないな。  でも……今は甘えよう。  いきなり背伸びし過ぎない。  それは僕がここまで生きてきて学んだことだから。  慌てて一気に……今の僕の能力以上のことに手を出してはいけない。僕は一歩一歩確実に大人の階段を上りたい。  それにしても幼い頃から身体が弱く遠出出来なかったので、飛行機に乗るだけでも、興奮が止まらない。 「瑠衣、本当にこれが空を飛ぶの?」 「はい。私も初めて海外に行った時は、同じお気持ちでしたよ」 「そうなんだね。瑠衣が英国に留学したのはいつ?」 「……高校2年生の時ですよ」 「ふぅん? 随分中途半端な時だったんだね」 「……そうですね」  瑠衣の瞳が少しだけ陰ったような気がして、それ以上は聞けなかった。 「僕も中途半端な時期だから、一緒だね」 「雪也さま、ありがとうございます」  瑠衣が僕に一礼すると、熱くて甘い視線を感じた。僕じゃなくて……瑠衣に向けられた視線の主は……? 「ねぇ、お隣の女性が瑠衣をじっと見ているよ」 「え……そんなことないですよ」 「そうかなぁ」 「さぁ、シートベルトをなさって下さい」 「うん、分かった」  いつも冬郷家の中でしか瑠衣を見ていなかったので気付かなかったけれども、瑠衣ってものすごくカッコイイ!  洗練された身のこなしに、中性的な顔立ちの中に秘める男らしい凜とした雰囲気、大人の落ち着き。どれをとっても最高だから、空港でも機内でも、ちらちらと瑠衣を見つめる女性の視線を感じるよ。これってアーサーさんが知ったら大変だろうなと苦笑してしまった。   「うーん」 「どうなさったのです? さっきから」 「僕は、まだまだだなって思ったんだ」 「何のことです?」 「でも、瑠衣がここまで来るのには並大抵ではない努力があったのだと思うから、僕も英国で頑張る!」  思わずガッツポーズを作って見せると、瑠衣がフッと微笑んだ。 「雪也さまは絶対に格好良くなられますよ。柊一さまより背丈も伸びて、骨格も逞しいので、あと数年もすれば旦那さまのように、男らしい男性になられるでしょうね。楽しみです。英国におられる間は頻繁に会えるので、また成長を見守れるのが嬉しいです」  瑠衣の言葉に、猛烈なパワーをもらう。    僕が生まれた時から見守ってくれている瑠衣の言うのだから、きっと間違いない。 ****  ロンドン・グレイ家―― 兄がノーサンプトンシャーの別邸から、ロンドンの本宅にやってきた。  久しぶりに会う兄は、華やいだ顔立ちに穏やかな落ち着きを含み、とても幸せそうに輝いていた。  兄は数年前に癌を患い、表向きは病が原因で跡継ぎが望めなくなったとのを理由に伯爵家の家督を僕に譲り、おばあ様のおられるノーサンプトンシャーに移ってしまった。  今はそこでおばあ様公認のもと、日本人執事だったルイと仲睦まじく暮らしている。 「やぁ、ノア! 元気だったか」 「はい、おかげさまで」 「ノアも、もうすぐ父親だもんな。信じられないよ。小さかったお前がなぁ」 「ありがとうございます」 僕は無事に伯爵令嬢のエミリーと結婚し、来月にはいよいよ父親になる。  次男だった僕がこの由緒正しいグレイ家の家督を継いでいいのか迷うこともあったが、兄とルイのあまりに幸せそうな顔を見ると、納得出来た。 「兄さまたちも相変わらず熱々ですね。わざわざルイを空港に迎えるためにロンドンまで出てくるんて」 「当たり前だ! 愛しい人に1週間も会えなかったので、禁断症状だ」  でしょうね! 本当のおしどり夫婦のように仲睦まじいお二人を見ていると、男性同士とかそういうことは気にならなくなりますよ。  それにしても……兄はこんなに落ち着きがない人だったろうか。    「ノア、なぁ……そろそろ時間じゃないか。空港に行こう」 「兄さまってば、まだまだですよ。まぁ座って下さいよ。せっかく久しぶりに逢えたのに、さっきからソワソワソワソワ……」 「おい、俺はでんと構えているぞ」 「はいはい……」  ルイは一週間前に日本に帰省し、今日の夜便で帰ってくるそうだ。  迎えに来たのは分かるが、兄さまのあまりに落ち着きのない様子に、思わず苦笑した。  でも同時に、羨ましいとも思った。  そんなに夢中になれる人と出会えたなんて、最高ですね。 「そういえば、可愛い男の子の留学の迎えに行ったのですよね」 「あぁやってくるのはまだ15歳の少年だ。ノアの方が歳が近いから、よろしく頼むよ」 「15歳ですか、良い時期ですね」 「あぁ夢と希望で溢れているな」 「兄さまは、今も溢れていますよ。だだもれです」 「まぁな、お前も久しぶりに瑠衣に会ったら驚くぞ」 「ますます美人になったのでしょうね」 「その通り!」  兄は嬉しそうにウィンクして、僕の手を引っ張った。 「少し早いが空港で待とう、なっ!」 「はいはい、そうしましょう」  これではどっちが兄で、どっちが弟だか分からないな。  でも10歳も年上の兄と久しぶりにじゃれ合えるのが嬉しくて、肩を組んで笑い合った。  
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