「マジ万字企画 【純文学】編 書評③」

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「マジ万字企画 【純文学】編 書評③」

【③】 『靑埜の記』 著:ソラト 様  https://estar.jp/novels/25697236  こちらで何度か使用した言葉に「熱い」がありますが、これには幾つか基準を設けています。中でも重要視しているのが「コスト」です。  一つの文章、ワンカット、物語全体に対し、どの程度の「支払い」をしているのか? 単にお金だけを指すのではなく、大抵の場合は「時間」や「知識」や「体験」といった人生を、どの程度作品に切り売りしたのか?   これを「コスト」と呼んでいます。(個人的な使い方です)  特に「純文学」において切り売りされるのは、作者の人生でしょう。人生の節目節目で見つけたあの感覚を、文字というフィクション、キャラクターというフィクションへと変貌させていきます。  この度合いによって作者の表情をうかがい知る事になるのです。    こちらの作品、相当なコストが掛けられていると感じました。  まず、文章に独特なリズムがありましたが、これは推敲の仮定から生まれたものでは無いでしょうか?   文章を推敲する際、どの様に整理するのかで、作品意図や作者の心情が汲み取れます。外観を重視するのが一般的かと思われますし、今作でもその意識は見て取れました。  でも、綺麗なものだけを伝えようとした分けでは無いでしょう。在り来たりを伝えたい分けでもない。それでは伝えられない「何か」を模索した結果が、この独特な文章になったのではないでしょうか? (私にはそれが「問い」に見えました)  幾度となく書き直されたであろう文章から独自のテンポが生まれ、手垢が付き、作者の声を、心を聴いているようです。  只々滑らかな文章よりも、手垢のついた立体感のある文章の方が、私は印象に残りますし好感が持てます。 「これは、こうだ!」と言葉で説明されるより、文章から溢れ出す細部(ディテール)で描写された方が、世界観に直結して気持ちが良いです。  後、これは新発見でしたが、人間味のある文章が大半を占める中、突如SF的な文章が入ってくると、頭に残りますね。「魂の交換」という一文が、その後ずーっと頭に残り、時折、冷たく脳を横切っていくのです。  「SF」の温度がこれほど冷ややかに感じたのは、初めてかもしれません。周囲の熱が高いだけに、コントラストに映え、コメントにも入れた箇所などは、たった一文ですが、伏線として物語を支配しているとさえ感じたほどです。  これも含めて、独自の世界観でした。  考察も良く成されていて、小田急沿線の読者は共感が得られます。まさか「愛甲石田」とは……、「本厚木」ではなかったところが味噌ですね。  このように、随所で調査が成されていて、好感が持てました。  思い入れが十二分に投影されていて素晴らしいのですが……指摘ポイントも発生してしまいます、これは「思い入れ」のある作品における、表裏一体の現象です。  自身が入り込み過ぎてしまいます。  メリットは今しがた書いた通りですが、キャラクターの独立性が保たれなくなるデメリットも含有されています。  どのキャラクターにも作者の思考が入り込んでいて、「このキャラクター達は、なぜ当たり前のように、同じ言葉を使うのだろう? 同じ感情を持つのだろう? 同じ方向性で思考するなのだろう?」といった場面がいくつか見受けられました。  気持ちを入れ過ぎてしまうと、いつしか作者にしか分からない「暗黙の了解」が作中にできてしまうので、推敲の際には一歩引いて、客観的に務める事も必要かと思われます。   『まとめ』  長所と短所は、基本的には同じ原因から発生します。「好きに書きたい」は同時に「好きに書けない」の矛盾を内包してしまいます。  この葛藤には気づかれているはずで、文章にそれが現れていました。  展開方法は、もっともっと練られる作品です。色々なバリエーションで試して欲しいです。(各人の短編形式にする、主人公だけの視点で書ききる、三人称に変えてみる、などなど)  膨大なコストが掛かっていると一目で分かる程の作品で、今後も徹底的に付き合ってあげて欲しいです。  更に面白くできる可能性が随所にみられました。  それだけの価値がある作品は、そうそう何度も生まれませんし……、たぶん他を書いてもここに戻ってきてしまうはずなので、その度に色々な角度から見直してあげて欲しいなと切に思いました。 【④】『繭』 著:西乃鹿 様  https://estar.jp/novels/25694484  本日ご紹介の二作品は、まさに国内系の文学作品であり、ソラト様作品を「青春小説」とするのならば、こちらはガチ「純文学」ですね。企画意図的にド真ん中の作風といえます。  実は募集前からフライングで冒頭を読んでいて、応募して頂けなかったら、お願いしてでも書かせて頂こうと思っていました。絶対に書評したい作品でした。  文章については、皆様読んでみてください。めちゃくちゃ上手いです!   細かな描写に目が行きがちですが、これだけの描写を組み込みながら、尚且つ同時にストーリーを読ませる力量は、相当に書き慣れていないと培われないものであり、背景にある読書量も凄まじい事でしょう。  これだけでも「間違いない」作家さんだと信頼できます。本当に上手いです。    でも、「絶対に書評したかった理由」は、ここではありません。  今回企画の募集要項でも書きました「テーマについて」触れていきます。 「現実(リアル)とは、何か?」  この哲学的な問いが、主題として問われています。  度々、哲学の入門書で登場する言葉ですが、「目の前に見えているものは、果たして本物なのか?」。  この問いの真理(アンサー)は未だに出ていませんが、西洋哲学では最重要課題として、かれこれ三千年くらい天才学者達を悩ませ続けてきました。(有名な「我思う、故に我在り(デカルト)」も、これについての言及です)  殊更、文学でも頻出の主題であり、所謂「文豪」で、ここに触れていない作家は存在しないはずです。有名どころは「藪の中(芥川龍之介)」あたりでしょうか? いや、武者小路大先生の馬鈴薯か……。いや……江戸川乱歩、いや……。  今作の目の付け処も、ここかと。純文学を書く以上、避けては通れないテーマですよね。 (以後、ネタバレが含まれます。できれば作品読了後にご参照下さい。後、私的な拡大解釈をしますので、ご了承を)  主人公の少女は、この違和感に過敏に反応しています。  特筆は冒頭。  蚕業(さんぎょう)を営む曾祖母の家で遊んでいた少女は、手に(まゆ)を握り、曾祖母に訊ねます。 「(さなぎ)、いつ羽化する?」  曾祖母は穏やかに言います。 「みぃんな殺すの」  何か、良からぬものを見てしまった恐怖に、少女は駆られたのではないでしょうか? 手に持っていた蚕を握り潰してしまいます。  作中では単に「無意識に」と書かれていますが、私なりに解釈を加えると「自分の知らない世界が、同じ空間に同居している恐怖」ではないでしょうか?   煌びやかな繭に心を躍らせていた少女にとって、曾祖母の言葉は予想もできなかった非現実であり、「なんだかよく分からないもの」を唐突に突き付けられる畏怖に脅かされます。  自分の知らない非現実は、常に同じ空間に存在しています。  どちらもあってこそ「現実」。  これが冒頭のほんの数文で書かれるのが、圧巻です。これからミステリィを書こうと思う方は、この冒頭だけでも読むべきです。オーバーなアクションよりも、そこかしらに転がる「現実」を暴き出した方が、心の芯から恐怖します。  また、蚕業を営む曾祖母にとっては、これは当たり前の言葉であり「現実」でした。誰かの現実は、誰かの非現実になり得るという相対性を、見事に表現した名文だっと思います。  この後も、少女は「現実」へ過敏に反応します。少女をイジメる為に暴力を持ち出した男子達へ、暴力を持って対応します。彼女にとっての「現実的な対応」とは、そこ潜む同じ価値観を持って対峙する事ではないでしょうか? 暴力に対して不服従で訴える様に、整合性を見いだせないのではないでしょうか? 「それ(不服従の対応)が正しいのだが……」とは書かれていましたが、主人公は全然腹落ちしていませんでしたしね。  その他、蚕達が葉を食べる音も、「現実」へのメタファーですね。  最後のページについて。正直、難解でした。私の懐疑的な読み方のせいでしょうが、会話文が「電話」での会話だと分からず、かなり苦労してしまいました。  蚕と話してるのか? と勘違いして、えらく夢想に飛んだなあ、なんて感じましたが、私が夢想してましたね。  やはりここでも現実についての疑義が出てきます。蚕はメタファーで、今度は曾祖母の立場になる「私」を、新たな命はどう見るのか? その立場になった私は、今なにをやるべきなのか? まずは「迎え」にいくのかな? と読みました。  爽やかな終わり方で、後味が良かったです。 『まとめ』  ほぼ全解説になってしまいました。一つの主題に対して、これだけの角度から突かれると、唸ります。また、今回はあえてテーマを一つに固定しましたが、別の主題を読者側で再設定すると、別の読み方もできる傑作だと思います。  一年後に読むとまた違った見え方になるはずで、これぞ正に「純文学」でした! マジですね!  指摘はほぼ無いです。  一応申しますと……、敢えてこのパッケージを持って来られたのは重々承知ですが、このテーマで「祖母と私」のシチュエーションはベタかな……と。(老人と子供は、現実の違いが極端に浮彫になるので、頻繁に使用されるのです)  内容密度が高くテーマも普遍的なものですので、修正というより、全く別設定、別物語でこのテーマを再現して欲しいです。それを読みたいです。  こちら、妄想コン作品なのですね。受賞した暁には、書評書かせて欲しいです。まだ書き足りないので(笑) (④へ)
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