夏休みが来た 8

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「ね? 先輩」  将之に同意を求められ、そこで知己はやっと 「う、………………………う……ん」  絶対に頷きたくなどなかったが、他に良い言い訳が見当たらない。  仕方なく、錆び付いた何かのようなぎこちない動きで、知己は首を上下にカクンと一回だけ動かした。  知己の呆然自失の様子に将之が怪訝な顔をする。 「どうしたんですか? 先輩」  小声で 「正に『肉を切らせて骨を断つ』……、見事な策を思いついたでしょ?」  多分、今、将之が読んでいるのはバトル物少年漫画じゃないだろうか。微妙な諺も持ち出してきた。 (見事な策? どこが?)  どう考えても、これは知己一人が大ダメージを受けている。 (お前が粉砕したのは、俺の肉と骨だよ!) 「そうだったの。そんなに涙目になるほど気にしてたの、知己お兄さん」  図らずも知己の目が潤っていた。 「それで頭皮の匂いを確認してもらってたのね。  ごめんなさい。びっくりして、早とちりしちゃった。  あ、でも、そんなに気にしなくて、大丈夫よ。だって、今日一日知己お兄さんと一緒に博物館行ったりお部屋で話したりしたけど、全然気にならなかったもん」  礼が一生懸命励ましてくれる。 「まだ一応二十代なら加齢臭の主な原因は汗よ。ほら。そんなに気になるんだったら早く洗い流してきなさいよ」  と言うと、礼が壁際に寄り、風呂場までのコースを開けてくれた。  めちゃくちゃ気を遣った言動が、かえって知己を傷つける。 「あ……、はい」  知己は力なく頷くとトボトボと歩き出した。  どうやら次に風呂に入る順番は、自然と知己に決まったようだ。  礼がすれ違いざまに 「ほら、やっぱり大丈夫! 全然匂ってないわ! 私、こういうのはっきり言うタイプだから、信じて!」  励ましのエールをたくさん送ってくれた気がしたが、 (もう、絶対に将之に触らせない!)  一瞬揺らいだ決心をもう一度固めつつ、礼の憐みの視線を背に感じながら知己は風呂場への歩みを止めなかった。 【挿絵を上げてみました。】落書きしてしまいました・・・。 https://estar.jp/novels/25306033/viewer?page=391
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