第03話 呪詛を吐く

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第03話 呪詛を吐く

 孤児院の子供は、教会の手伝いが主な仕事だ。  手伝いの一つが花売りで、五歳になると教会の付近で礼拝に来た人などに向かって、 「花はいかがですか? 教会で育てた花です」  みすぼらしい恰好で同情心を煽るように子供たちが声を張り上げる。  5歳の私も、花売り孤児の一人だ。 「ありがとうございます。銅貨二枚です。貴方に神の祝福が有りますように」  買ってくれた客に対し祈る仕草を見せると、大抵の客は気分良さそうに去って行った。  要領良くやればすぐに終わる仕事だけど、その後で仕事が増やされるのが嫌だから、私は少しだけ手を抜く。  売り切るのは暗黙の了解で、シスターは、売り切れなくても大丈夫よ、と言いながらも売れる子と売れない子を差別する。  例えば、寝る場所。  冬が長く夏の短いこの地域では、暖炉に近ければ天国だが、暖炉から遠く窓に近ければ凍える程寒い。  売り切れる子から暖炉の傍に眠る。  それを見て、他の子は羨ましくて頑張るのだけど、要領の差は顕著で、結局売れない子や売り上げが合わない子は、窓際で身を寄せ合って眠るしかなかった。  私は、計算も出来るし要領も悪くないから、近くも遠くも無い場所をキープしている。  これは、前世で勉強を頑張ったおかげかも知れない。  今日も私は花籠を抱え、教会から離れた小川までやって来た。 「お、お嬢ちゃん、今日も来たな」  小川の畔では、皮鎧のおじさんが毛皮を広げながら私に手を振った。  手を抜いて時間を作る理由が実はこれ。このオジさんに会うためだ。 「オジさん、今日も一杯だね」  私は駆け寄ると、広げた毛皮の前に座り、畳みながら枚数を数える。 「あぁ、今日も、いい感じに狩れた」 「今日の相場は、銀貨三枚銅貨五枚だったよ。でね、全部で銀貨二十一枚に成ると思う」 「おお、そうか、じゃぁ、ちょいと待ってろよ」  オジさんは、私が畳んだ毛皮を布の紐で縛ると、担いで市場の方へと歩いて行く。  私は、其れを見送って石の上に腰掛けて待つ。  暫くすると、顔を綻ばせながらオジさんが帰って来た。 「おう、バッチリだった。じゃあ、これはお嬢ちゃんに。ちゃんと銅貨にくずして来たぞ」 「ありがとう! お花、いる?」  私がお礼の後に首を傾げて問い掛けると、オジさんは花籠から一輪だけ取って、 「じゃあ、こいつを」  と、胸元にある皮鎧の隙間へと差し込んだ。  だから、私は両手を合わせる。 「貴方に、神の祝福がありますように」  すると、オジさんは、私の頭に手を置いて、 「お前さんがいる事が、俺にとっての祝福だな」  って、微笑んだ。  このオジさんとは、一ヶ月ほど前に出会った。  その時のオジさんは、市場の露店が立ち並ぶ入り口で、毛皮を背負い立っていた。  私は、何時もの様に、 「花はいかがですか? 教会で育てた花です」  と声を掛けたら、オジさんは頬を掻きながら、 「毛皮が売れたら、買ってやれるんだが……」  と、眉を顰めていた。 「あの、じゃあ、何故ここに立っているんですか?」  私は早く売ってくればいいのに、と言う意味を混めて問い掛けた。 「あぁ、実はな、もって行く度、金額が違ってな。俺は計算が出来ないから、誤魔化されても分からないんだ」  と、照れた様子でオジさんは言った。  私みたいな子供に照れながら言うおじさんが、何だか可愛く思えて、 「これは市場にある毛皮と同じだから、相場は銀貨三枚で、銀貨十八枚に成ると思うけど、一番上に見えてる毛皮は、傷が大きいから、十七枚って言われると思うよ」  と、教えてあげた。  そしたら、オジさんは目を見開き、私の前に屈んで、 「お嬢ちゃん、計算できるのか」  と首を傾げていたから、私は頷いた。 「よし、じゃぁ、待ってろ。傷があるのは、この一枚だけだから十七枚だな?」  立ち上がると、毛皮売りの店へと駆け足で向かって行った。  それから、直ぐに顔を綻ばせて戻ってきて、 「本当だ。銀貨十七枚で売れたぞ。お嬢ちゃん大したもんだな。いやぁ、金額が分かるか分からないかで、えらい違いだからな。って事は、前回は騙されたのか!」  私は、オジさんの忙しなく変わる表情がおかしくって、 「あはは、変なの」  お腹を抱えて笑った。  それ以来、私は、週に三回オジさんと待ち合わせするようになった。  此処へ来る途中、市場に立ち寄り、木札に書かれた狼の毛皮の相場を確認する。  最初は文字を覚えるつもりで、市場の木札に注目していた。  それから売り物を色々見るようになって、何となく物の良し悪しが分かる様になった。  これは、私が鑑定眼の適性を選んだからだと思う。  けど、思ってたのと少し違った。  と言うのも、鑑定眼って、もっとはっきり値段が分かるものかと思ってた。  けど、結局相場を見て計算はしなくちゃいけない。  とは言え、オジさんと出会って、鑑定眼のお陰で銅貨を10枚もらえる様になった。  花が売れて無くたって十分補てんできるし、何より自由な時間が出来たのは大きいと思う。  取引が終わると、大抵オジさんと話をする。  世間話とか、オジさんの事。  オジさんは冒険者で、魔獣を狩って生活してるって言った。 「魔獣って強いんでしょ? それを狩ってるって凄いね」 「凄くは無い。魔獣はピンキリだしな。俺は強い魔獣と出会わない様に、場所を選んでるんだ」 「オジさん、一人なの?」 「あぁ、俺は、仲間を作り辛くてな」 「なんで?」  子供の私は、平気で問いた。  すると、オジさんは少し困ったように頬を掻いた。 「魔法も剣も中途半端だからだよ」 「え、じゃあ、両方でできるって事だよね。すごい!」  私は、自然と目を輝かせていたのだと思う。  オジさんは、やっぱり困った様子で、首を横に振った。 「凄くは無い。俺はね、他に弓術も出来てな。結局、全部鍛えようと思った結果、どれも大成しなかった。そんな中途半端な奴を入れたがるパーティーなんて無いからな」  そう言うものなのか、と思うと同時に何処かで似たような事を聞いた事があるような気がした。 「じゃぁ、私がもう少し大きく成ったら、一緒にパーティー組んであげる。そしたら、私の人探しも手伝ってね」  私のような子供の、他愛のない言葉に、オジさんは少し驚いたような表情から突然笑いだした。 「はははは、そうか、一緒にパーティー組んでくれるのか! 計算や、知識や、お嬢ちゃんは、俺の持ってないもの全部持ってるからな! ははは、こりゃいい!」  やっぱり、このおじさんの表情の変化は面白い。  私は、そんなオジさんの笑い声の収まるのを待って、 「オジさん、あとね、剣術とか私に教えてほしいの」 「ああ、いいとも! ただし初歩だけになるけどな!」  こうして、私は、剣の先生を得た。  長い冬も終わり夏が来ても、オジさんと私は、週三回の待ち合わせを続けた。 「そうだ、お嬢ちゃん」 「うん、なぁに?」  と、私はオジさんお手製の木剣を振り回していた。 「俺はな、お前に名前を付けてやりたいと思うんだ」 「でも、其れって父親の仕事だよね」 「あぁ、つまりな、孤児院から引き取ろうと思うんだ」 「え……、本当に?」  私は木剣を振る手を止め、オジさんを見た。  そしたらオジさんは、真剣な顔で私を見詰めていた。 「だから頑張って稼いで迎えに来るから、秋が終わるまで待ってくれるか?」  私は、凄くうれしかった。  この世界に来てパパを知らない私は、この人がパパだったらいいなって何度も思った。  それでも口に出さなかったのは、孤児の迷惑で勝手な妄想だと思ったからだ。  それが今、本当に実現しようとしている。  そんなの、嬉しいに決まっている!  だから、 「うん、待ってる。絶対だよ? 絶対に絶対だからね! 絶対に絶対だからね!」  私は、何度も念を押した。そして、その度、オジさんは頷いた。  そして、短い夏が終わろうとしていたある日。  何時もの様に、待ち合わせの場所で待っていたけど、オジさんが来ない。  前にも一度だけ、待ち合わせ場所に来なかった事が有る。  するとオジさんは、次の待ち合わせで、 『冒険者はそう言う時もある。暫く待っても来ない時は、帰りなさい』  と、言っていた。  何時も貰う銅貨から余った分を秘密の場所に隠しておいた。  だから。今日の花代は困らずに済む。  花売りに費やす時間の分、私は日がくれるまで待っていた。  だけど、オジさんは来なかった。  次の待ち合わせの日、土砂降りっだった。  私は、小川の近くの木の下で雨宿りをしながら、オジさんを待った。 「あぁ、だから名無しなんて探すのは嫌だったんだ」  その声は、見知らぬ男性だった。  名無しとは私の事だろう。 後は、濡れる事に対する不満だろうか?  そして、私と同じ木の下に収まると、外套に滴る水を払い退け、私を見下ろした。 「お前が、ロックスの言ってた孤児だな?」  男性は、私を見下ろしながら言って、懐から封筒を取り出し、私に差し出した。 「あの、私にですか?」 「あぁ、そうだ。おっさんからの預かりもんだ。字は読めるんだよな?」  私は、頷いた。  そして少し湿った封筒の端を切り取って手紙を取り出す。  それは、所有権を移譲するための証明書の類なのだと、なんとか理解できた。 「あの、これは一体、なんですか? というか、オジさんは?」  その場を立ち去ろうとしていた男性を、呼び止める形になった。 「あぁ、おっさんなら、死んだぜ。金が必要だっつって大物なんかを一人で狙いにいってな。名無しなんかを資産の受け取り人にしやがったから焦ったけどな。まあ、聞いてた通り此処に居たからいいけどよ。とりあえず、無くすんじゃねぇぞ」  男性は背を向けたまま言い、その場を去って行った。  目の前が真っ暗になった。  私は、その場にへたり込んでいた。  今度は、パパになるはずの人を失った。  ロックスという名だった事を、私はオジさんが死んでから知った。  大好きだったオジさんとの約束は、私の中でこびり付くような呪詛に変わった。 「オジさんの、嘘吐き……」 「うわぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!」  私は、初めてこの世界を呪った。
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