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35.日常へ
あれから昌と倉本の間には何も起きず、廊下ですれ違っても授業で一緒になっても特に言葉は無かった。本当に倉本は吹っ切れたらしい。
彩の両親も改めて昌を受け入れ始め、しっかりと信用してもらえるようになった。だから勉強も恋愛も今の昌は絶好調だ。
大樹はと言うと、仕事に燃えていた。まさかなれるとは思ってもいなかった正社員。バイトの頃とは違って、何もかもが新鮮で気持ちが高揚している。
仕事仲間とたまに飲みに行ったり、レクリエーションでカラオケに行ったり。これまでの人生とは真逆の生活だ。
「仁科さんは恋人とかいないの?」
仲間内でそんなことを聞かれたりするが笑って答える。
「受験生がいるからね、それどころじゃないよ」
たいがいがそれで通じる。
汐は時折ふっとため息をつくことはあっても相変わらずの日々を送っていた。考えてみれば深い友人がいない。恋人もいない。人との交わりが結構少ない汐には、家族以外の話し相手がいなかった。父と二人いた頃は、父の体の心配と部活や生徒会に打ち込むことで手いっぱいで、人との深い交流を持っていなかったと言える。それゆえのの溜息だ。
大樹はそんな汐が心配で仕方がない。せめて大学に行っていれば話をする相手くらいはいるだろうが、これから受験する大学では人との付き合いも一からだ。
(そうか、汐くん、意外と奥手なんだ)
自分たち二人と暮らさなかったら本当に孤独な日々を送っていたに違いない。
「汐くん、たまには息抜きしないと」
「買い物や料理したりするのが俺の息抜きだし」
「そうだ、今度の日曜、俺休みなんだよ。久しぶりにボーリングにでも行かないか?」
「ごめん、その日模擬試験があるんだ」
こうなったら早く受験を突破して大学に通ってもらいたい。
12月、クリスマス・イブ。土曜日。
――ぴんぽーん
「はーい」
まだ早い時間だから昌が玄関に出た。この後彩とデートで映画を見に行く。そして明日は早朝からディズニーランド。混もうがなにしようが、若い二人は一緒にいられればなんでも楽しい。
「どちらさまですかー」
返事が無くてちょっと開けるのを躊躇った。
「どちらさまですか?」
「Akira? 俺、ダンテ」
「え!?」
飛びつくようにしてドアを開けるとそこにはアルマーニのロングコートに身を包んだダンテが立っていた。もうすっかり社会人になっていて、学生の頃の軽さが消えたようだ。
「ダンテ、どうしたの!?」
「クリスマスだからね、Ushioに会いたくて日本に来たんだ」
「うわぁ、汐喜ぶよ! 汐、汐!」
汐の部屋ががちゃっと開く。
「朝からうるさいぞ」
「早く! ダンテが来たよ!」
「ダンテ?」
玄関に来た汐は、雰囲気ががらりと変わったダンテを見てきょとんとしている。
「どうしたの?」
思わずそんな言葉が出た。
「なんだよ、汐! もっと言うことがあるだろ?」
昌の方が興奮しきっている。
「Amore《アモーレ》、久しぶりだね。元気だった?」
ダンテは真っ赤なバラの花束を差し出した。
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