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一途は、おしまい
好きな人がいる。
同じクラスの藤村流彩は、クラス内でも人気者で学年の中でも特に目立つ。
そして学校中からはマドンナと評されるほど有名な女の子だ。
そんな彼女が、自分の手の届く存在だとは到底思ってもいない。
だが好きになってしまった人を簡単に諦める事は出来なかった。これは昔からの性分だ。
五十嵐敬互はこれまでの人生で何人か本気で好きになった相手がいる。
だがどれも失恋を繰り返し、実ったことは一度もない。それも自分で納得していた。
なぜなら敬互は自分に自信がないからだ。自信もないのに相手に自分を好いてもらおうなど難しい話である。敬互は自分でも思うほどに冴えない男であった。
そのため藤村への想いもいつかは諦めることになるだろう。それに彼女は自分よりも五センチ背が高い。
自分よりも背の低い冴えない男をマドンナである彼女が好いてくれるとは思えなかった。
ただ、敬互の中で絶対に諦めたくない事は告白をするという事だ。これをして振られてしまうならきっぱりと諦める。
だがそれもせずに諦める事は絶対にしたくなかった。これは自分でもよく理解できない頑固な己のアイデンティティだった。
いつ告白をするのかはその時のタイミングに合わせたいと思っているが、これまでの経験から今だと思う瞬間が絶対に訪れていた。その時を待つつもりだ。
そしてその時は案外早く、やってきた。
「藤村さん! す、好きです!」
ついに告白の時はきた。
彼女と偶然にも放課後の教室で二人きりだったのだ。このチャンスを逃す手はない。
シンと静まり返った教室で、数秒してから彼女は口を開いた。
返事の内容は今までのものと同じ内容だ。
「五十嵐くん、ごめんね。好きな人がいるから」
「そ、そっか……じゃあ僕に百パー見込みはないか…」
藤村に直球で断られた敬互はそんな言葉を無意識に言ってしまう。
すると藤村は予想外の言葉を口にした。
「うーん、百パーセント見込みがないって事はないけど」
「え?」
その彼女の返答で驚いた敬互は顔を上げて藤村の顔を見る。すると藤村も敬互を見てきた。
「す、少しは見込みがあるって事ですか……?」
敬互は無自覚に握りしめていた拳をもう一度ぎゅっと握りしめると藤村の顔色を窺うようにそう尋ねる。
藤村は頬に人差し指を当てながらこんな言葉を返してきた。
「私ね、絶対っていうのは信じないの。だから必ず好きになる事はないって決めつける事はしないんだ。だけど五十嵐くんを好きになる事はほとんど無いと思う」
なんだか意外だった。
敬互は振られた以上諦めるつもりであったが、彼女の反応を見たことで別の言葉を告げていた。
「あの、期待は……してないんだけど、これから話し掛けたりしてもいい?」
断られるだろうと思いつつも敬互はそんな言葉を放つ。すると彼女は意外な言葉を繰り出してきた。
「うんいいよ。よろしくね」
そう言って笑いかけた彼女の笑顔はとてつもなく可愛らしく、敬互はこの瞬間だけで生きていて良かったと心の底から思った。
それ以降、彼女に積極的に話しかけることが増えた。
今までは気恥ずかしさと勇気のなさから彼女に話しかける事は叶わなかったのだが、告白をしてからリミッターが外れたのか、大きな障害もなく彼女へ接触を図ることが出来た。
藤村も藤村で敬互を遠ざける事はなく、いつもの華麗な笑顔で応えてくれていた。
最近知った事は、彼女の好きな人は一学年上の先輩である事だ。これは藤村本人から聞いていた。藤村は時折想い人の話をする事があった。
しかも彼女はそれを楽しそうに話すわけではなく、決まっていつも悲しそうに話をするのだ。
それは正直、耐え難いものだった。好きな女の子の悲しい顔ほど辛いものはない。
「藤村さんはいつから……その、先輩が好きなんですか?」
敬互が同級生にも関わらず時折敬語口調になってしまうのは昔からの癖だった。
それを指摘された事は多々あれど、藤村に指摘された事は一度としてなかった。
「九歳の時からだよ。ずーっと片想いしてるの。初恋だし、私一途なんだ」
「へえ……」
一途と言う単語を言ってくるのも藤村の癖だった。
藤村は関われば関わるほど少し変わった女の子だった。
しかしそれを知っていても敬互の藤村への想いは消えることがなかった。
「一途って素敵だよね、私は先輩をずっと好きなんだって思うと何だか幸せなの」
(楽しそうには、見えないけど……)
彼女の話を聞く度に敬互は心が苦しくなる。
理由は明白だ。藤村の想い人である先輩にはなんと彼女がいた。しかも数年前からだ。
それに藤村が恋焦がれて仕方がない相手は、藤村との接点は一切なく、藤村が一方的に知っているだけのようだった。話し掛ける勇気がないらしい。
それは叶うものも叶わない。きっかけを待っていたらいつの間にか恋人が出来ていたそうだ。
それでも藤村は遠くから見ているだけで満足なのだと言う。
だが悲しい顔をしている以上それは強がりにしか聞こえなかった。しかし彼女はそれを一途で素敵なのだと美談にしようとしている。
彼女が大好きな敬互でも流石に先輩を諦めた方がいいのではないかと思う気持ちは否めなかった。
(一途なんて、叶わないんじゃなにも良くない)
そりゃあ一途と言えば聞こえはいいだろう。素敵な話だ。恋人や夫婦に関しての一途なら納得だってする。
だが、片想いの、叶うはずもないことの、そんな一途の何がいいというのだろう。
敬互には理解できない領域だった。
叶わないのなら、潔く諦めて他を見つけるか、当たって砕ければいい。そういう話なのだ。
そこまで考えて敬互は己の立ち位置に気がつく。今自分は、彼女と全く同じではないのかと。
叶うはずもない彼女に毎日話しかけては自分の恋が実らないことを思い知らされる。
これが一途だというなら、敬互も考えるところがある。
(そろそろ……藤村さんを諦めるか)
正直藤村の事は今でも大好きだ。告白してから今に至るまで好きという気持ちは格段に大きくなっていた。
だが、結局は同じなのだ。
彼女への気持ちが叶わないのに、ずっと一途でいるだなんて敬互にはできそうにない。
藤村に告白してから一ヶ月、敬互は彼女を諦めることにした。
「五十嵐くん、良かったら放課後付き合ってくれない?」
「え?」
彼女を諦めようと決意したその日、偶然か否か藤村は敬互を誘ってきた。
何でも最近オープンした喫茶店でデザートを食べに行きたいらしい。友達が多くいる藤村なら、何も敬互を誘う必要はないのではないか。
敬互はそう思ったのだが、やはり好きな人の誘いを断る事は出来なかった。
(今日行ったら、諦めよう)
そう思い直すことにして、敬互は藤村に連れられデザートを食べに行く。
喫茶店のレトロな座席で、楽しそうにデザートを頬張る彼女は可愛らしく、敬互の心臓の音を速めた。このような笑顔が、本当に好きだった。
デザートを頬張る彼女は片想いしている先輩の話をする時のように悲しげな顔をしていない。
敬互はこんな時間がずっと続いてほしいと心の底から願いながら、自分のデザートを食べることさえ忘れていた。
その後も彼女を諦めようと思うものの、なぜか敬互にはそれが出来なかった。
これは本当に予想外である。敬互は今まで、どんな状況でも振られれば諦めることができたのだ。
毎晩夢に見ていた好きな子も、布団の中で繰り返し思い出していた好きな子も、皆振られてしまえばきっぱりと諦めることができていた。
なのになぜ、藤村にだけはそれが出来ないのだろう。
そこで敬互は気付いた。彼女が、特別だからだと。そしてその気持ちが、藤村の気持ちと同じものなのだと。
(そうか、だから藤村さんは……諦められないんだ)
ようやく分かった気がした。彼女が一途でいる理由を。いや、一途でいるしかないのだ。
好きで好きで堪らなくて、諦めようにもできなくて、周りにはやめた方がいいと言われても彼女はそれが出来ない。
それほどに一途という気持ちが強いのだろう。
(もう一度、藤村さんに告おう)
敬互は決意した。彼女に向き合うことを――。
「どうしたの五十嵐くん。深刻そうな顔して、何かあったの?」
彼女に告白をしてから早三ヶ月。敬互は裏庭に藤村を呼び出した。
「うん、あの……僕の話を聞いてほしい」
改まった様子でそう告げる敬互に不思議そうな顔で頷く彼女は今日も可愛らしい。
最近は彼女と関わる時間もどんどん増え、友達のような感覚が生まれていた。
勿論敬互としては異性としての想いが強くあるのが事実だが、今後もそれで、良いと思っていた。
「僕ね……一途を止めたらって言ったの覚えてる?」
そう尋ねると藤村はこくりと無言で頷く。いつしか彼女に一途でいるのを止めた方がいいと善意から伝えた事がある。
しかしそれは自分のエゴだった。彼女は分かっていながらも、一途を止められないのだ。
「だけど思ったんだ、僕、どういう気持ちで一途になるのかって」
藤村は何も言葉を発さない。ただ真っ直ぐに、敬互の話を聞いていた。
「僕も、君を諦めようとしたんです。振られたら諦めるのが当然だってずっとそうしてきてて……だけど、君を諦めるの、出来なかった。一途ってこういう事なんだって思ってそれで」
敬互はそのまま藤村に目を合わせた。
彼女の煌びやかに瞬く瞳は敬互の背中を後押ししてくれているかのようで不思議と勇気が湧いてきた。
「だから、僕、君を諦めるのは止めました。一途でいようと思う。それは君も同じだと思うから……だからその……お互い、一途を頑張ろう。そう言いたかったんだ」
敬互は言いたかった言葉を言い終えるとそのまま軽く息をはく。
ようやく言いたい事が言えた。
彼女との恋は実らずとも、お互い一途を貫く友達にでもなれればそれでいい。いまではそんな感情が生まれ始めていた。
しかし突然、彼女の予想外の声が降りかかる。
「それはちょっと、無理かな」
藤村は遠く離れた距離から少しずつ足を前に出しいつの間にか敬互の目の前まで来ていた。困惑した敬互は「え?」と素っ頓狂な声を出す。
「だって私、いちぬけたから」
「い、いちぬけ!?」
どういう事なのだろう。混乱し始める敬互に藤村はくすっと笑ってみせると突然抱きついてきた。
「!?!?!? ふ、藤村さん!?」
「私五十嵐くんの事好きになっちゃった! 両思いだよね?」
予想外である。予想外すぎて頭は混乱を続ける。いや、それよりも大事な事があった。これだけは確認しなければならない。
「ふ、藤村さん……?」
「ん? なあに?」
満面の笑みで敬互を見つめる藤村はとてつもなく近い距離でそう言葉を口にする。
敬互は真っ赤に染まる顔のままごくりと唾を飲み込むと一番気になっていた重要な事を尋ねた。
「一途は……?」
すると彼女は楽しそうに今までで一番の笑みを向けると、敬互の両肩を掴みながら吹っ切れた様子で声を放った。
「おしまい♡」
彼女の一途はいつの間にか終わりを迎え、晴れて二人は恋人同士となるのだった。
end
●下記の作品は現在連載中の作品です。もし興味がありましたら是非ご覧いただけますと幸いです。
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