新芽の囁き<コトリとアスカの異聞奇譚01>

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 保育園からの帰り道。家に近づくにつれ、かの切実な雰囲気がその道に満ちてきた。 「コトリママ、また、あの声が聞こえた~」  やはり、そんな日は、明日香の耳に声が届くようだ。これまではさらっと受け流していたのだが、さっきのこともあって、今日は明日香に少しばかり課題を提供してみることとした。 「ねぇ、明日香。その声ってどんな声なの?」 「ちっちゃい声でわかんない。」その内容は、明日香にも分からないようだ。 「今日はお夕食まで時間があるから、ちょっと、探偵さんのお仕事をしてみる?その声がどこから聞こえてくるのか、見つけてごらん」 「いいよ。あたし、探偵さんなんだから」  先生が教えてくれた探偵という称号がよほど気に入ったのだろう。明日香はすぐに、何かを考え始めたようだった。  数分の間、道路の真ん中で微動だにしない状態が続く。明日香は表情をぴくりとも変えずに、何かを考え続けていた。琴音も静かな笑顔で忍耐強く見守った。しかし・・・そこは車の通りのほとんどない道路ではあったけれど、さすがにその真ん中でずっと立ち尽くすのはどうかと琴音は感じ始める。そろそろ声をかけようかなと思ったとき・・・明日香がやっと動いた。  明日香は、道端の植物に片っ端から話を聞き始めた。なるほど、聞き取り調査を進めるんだね、と琴音は理解する。琴音とは違って、明日香の場合は人間側が言葉を発する必要がなく、草花をただ見つめるだけで会話できているようであった。ただ傍からは草花を睨みつけているようにしか見えないので、琴音は心の中で(明日香、表情、表情・・・)と念じたのだが、もちろん明日香の耳には届かなかった。  やがて、草花の声に導かれる形で、二人は佐保川の川岸の一画へと行き着く。  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  そこには枯れかかった桜の木がひっそりと佇んでいた。桜の根元には大きなウロ(樹洞)が出来ており、ウロはさながら植木鉢のようである。その中に、植物の小さな芽がささやかに生きながらえていた。  しばらくしてから琴音は、「明日香、声の主は・・・(分かりそう?)」と聞こうとしたが、途中で言葉を詰まらせてしまった。桜の木の元でしゃがんでいる明日香が、目にいっぱい涙を浮かべていたからだ。  ・・・何か、悲しい言葉でも聞いたのかな?  その横で姿勢を低くしてから、娘の頭を優しく撫でる。この子がもし私よりもたくさん、植物の声が聞こえるんだったら、いろいろな辛いことも聞いたりするのかもしれない。 「コトリママ、この木はもう、どこかに持っていかれちゃうんだって。でも、嫌なんだって」 「そうなんだ・・・残念だね。」先日、自治会の回覧板で古い桜の撤去について記載があったけれど、もしかしたらこの桜のことなのかもしれない。 「この小さい葉っぱさん、どこかに連れて行って欲しいんだって。この小さい葉っぱさんがずっとお話していたんだよ」  そっか。たぶん、この若い芽は桜の芽。撤去される桜のウロの中で育ってしまって焦っていたのかもしれない。それで、小さな声を発し続けていたのだろう。明日香のためにも、この子を何とかしてあげようと琴音は思った。 「明日香、この葉っぱさん、家に連れて行ってあげようか?」 「うん!」そう言うと、明日香は満面の笑みとなった。  たまたま持っていたビニール袋に、ウロの中の土ごと芽を移す。土は腐葉土となっていたため、軽く持ち運びができた。そのビニール袋を明日香に持たせ、琴音は家へと帰ることとした。琴音が「桜さん、バイバイ」と声をかけると、桜も寂しそうに<バイバイ>と返してくれた。  ビニール袋を持つ手とは逆の手で、明日香は琴音の手を引く。迷わず前へと進む、いつもの明日香だった。 「コトリママ、あたしって探偵さん?」 「うん。今日は立派な探偵さんだったよ。困っていた葉っぱさんを見つけられたしね。偉かったね」  私は薬草珈琲店の店主。そして、明日香はさしあたり・・・探偵さんになるのかな?同じ能力を持ちながら、自分とは違う道を歩き始めた明日香。なんだか今日は、娘が誇らしい。  そう思う琴音の目には、いつもと同じ保育園からの帰り道の風景も、ちょっとだけ、輝いて見えた。 ◆著者サトタケより◆ 琴音と明日香の物語をお読みいただき、ありがとうございます。これからも新しいお話を作っていきますので、よろしければ、作者フォローをいただけますと幸いです。 また、明日香が生まれるまでの琴音を綴った長編「コトリの薬草珈琲店」もエブリスタ様にて掲載中ですので、よろしくお願い申し上げます。 https://estar.jp/novels/26057092 サトタケ拝
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