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光を手繰り寄せて 3
「お守りさえあれば、兄さんは暗闇がもう怖くなくなるのか」
「えっ?」
思わず聞いてしまった。
お守りの方が俺より勝っているという意味なのか。
そんな子供じみた、ひねくれた考えが込み上げてくる。
ならば、こんなお守り、永遠に返さない!
翠はもっと暗闇を怖がれ!
俺なしで生きていけなくなればいい!
ポケットの中のお守りを手握りしめ、もう海に投げてしまおうと思った。
すると兄さんが見えない目で、俺を必死に見つめてくる。
深く澄んだ湖のような瞳に、ドキっとする。
「流……違う、そうじゃないんだ。あれは流との優しい思い出が詰まっていたから、流と疎遠になってしまった間、流だと思って大事にしていた。今の僕に本当に必要なのは……お守りなんかじゃない! 流がいてくれたら……もう……」
俺は健気な兄を、こんなにまで追い詰めていたのか。
そして、今、また大変なことを仕出かす所だった。
本当に学習しない。
「ほらよ」
手の平に俺が拾ったお守りをポンと載せてやった。
兄は怪訝な顔で手の平の物体を確かめ、それがお守りだと気付いたようだ。
「あ……えっ、どうして? どうして、これを流が」
「兄さん、あの日……俺の所に来てくれたんだな。気が付いてやれなくてごめんな。すぐに追いかけたんだぞ。海まで……だが車ですれ違ってしまった」
「流が……僕を?」
「あぁ、そうだ」
「本当に?」
兄さんはまだ信じられないように瞬きを繰り返していた。やがて数度の瞬きの後、瞳にじわりと透明の涙が滲み出て来た。
「あっ馬鹿、泣くな。また母さんに叱られる」
「ごめん。でも嬉しくて……」
慌てて兄が目元を押さえる。
こんなに澄んだ瞳なのに本当に何も映していなんて残酷だ。
「悪かったって言っているだろう。ほらお守り。もう失くすなよ」
「ありがとう。流は何も変わってない……優しいままだ」
「あーほら、もう行くぞ」
「あっ待ってくれ」
急激に照れ臭くなったので、兄をその場に残して足早に砂浜を歩き出してしまった。
兄に酷い仕打ちをしていた時間を取り戻したい。だが過ぎ去った時間はもう取り戻せない。だからこれからこうやって小さなことから信頼を取り戻して積み重ねていこう。
翠が俺だけを見つめてくれる世界に、辿り着けるように。
「あっ!」
小さな悲鳴が聞こえた。
急に背後に兄の気配を感じなくなったので慌てて振り向くと、後方で派手に転んでいた。
どうやら方向を間違えたらしく、見事に波打ち際に膝をついて茫然としていた。
あーズボンが上の方まで、ぐっしょり濡れてしまったじゃないか。
「馬鹿! 兄さん! 何やってるんだ」
「ごめん、追いつけなかった。こっちだと思ったのに、おかしいな」
「ごめんな。俺が手を引いてやれば良かった」
「いや、光のさす方向に流がいると思ったんだ」
「……俺はここだ」
兄の手をぐいと引いて、俺の胸にあてさせた。
翠の体温を布越しに感じ、俺の心臓はドクドクと早鐘を打ちだした。
「え……流?」
どうして、こんなことをしたのか分からない。
だが俺はここにいて、今を生きて、こんなにも翠の一挙一動にドキドキしていると伝えたかった。
「俺はちゃんと生きている! ずっと翠の傍にいるから」
どうして、こんなことを口走るのか分からない。
きっと海辺の松の木を吹き抜けていく荒涼とした風のせいだ。
遠い昔の俺は、彼を月影寺にひとり残し、どこかの海辺に辿り着いた。
自分の苦し気な吐息と波の音しかしない世界で、潮の匂いに彼と肩を並べて眺めた由比ヶ浜の海岸を思い出していた。
彼の名を呼べば近くにいけるような気がして、何度も何度も繰り返し呼んだ。
声が枯れるまで、命が枯れるまで……
呼び続けようしていた。
「流、一体どうした?」
「えっ……俺……」
「お前の心臓がすごく早くて苦しそうだ、まさかどこか悪いのか」
「違う! 昔を思い出していた。遠い昔、俺は兄さんと再びここに来たいと願って……兄さんを呼んでいた。たまに見るんだ……そんな酷く悲しく寂しい夢を……」
「え……」
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『夕凪の空 京の香り』心根 こころね 3 とリンクしています。
https://estar.jp/novels/25570581/viewer?page=139
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