雨乞い龍と古木<コトリとアスカの異聞奇譚03>

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 右手には巨大な岩でできたなだらかな滝があり、その水の流れは三人の真下を左へと流れていく。正面を見ると、これも巨大な岩によって形作られた空洞が目に入ってくる。それが吉祥龍穴であった。  空気は水気を帯びており、冷たさが身を引き締める。遠目に見る龍穴の奥は真暗で、取り囲む奇岩と相まって、本当に龍の神様が現れそうな気分にさせられる。 「コトちゃん、ここが雨乞いのお祈りをする龍穴なんだよね?」 「たぶん。・・・こんなに水に富んだ場所だから、雨乞いの対象になったのかもね」  夫婦でそんな話をしている中、明日香はその近くで巨木と言葉を交わしていた。そして、少ししてから琴音のほうを向いて大声で話しかける。 「コトリママ~、雨を降らせるの?」 「明日香、どうしたの?」琴音は娘に少し近づき、改めて問い直した。 「雨を降らせるの?」 「雨を降らせるってどういうこと?雨を降らすことができるの?」 「できるよ。お願いするの」  そう言うと明日香は、目の前の古木に優しく触れた。  するとガサガサと葉の鳴る音が、周囲から、いや、山全体から聞こえはじめた。琴音と匠は驚き、あたりをぐるりと見渡す。葉の音に驚いた鳥たちが集団でバサバサと飛び立っていった。  すぐに、水気に富む空気が谷底から山の上部へと向かって吹くようになった。三人の立っている場所も、湿度がどんどん高まっていく。 「コトちゃん、空気が山の上の方に登っていくよ」 「少し、曇ってきたね・・・」  晴れていた空には雲が広がり、やがて、肌にポツリポツリと水滴が当たるようになった。 「マジで降ってきたぞ・・・」 「明日香、本当に雨が降ってきたね・・・」 「お願いしたら、ほんとうに降ってきた笑。」そう言う明日香は満足げだ。  三人は、拝所で少し雨宿りすることとした。 「コトちゃん、昔の雨乞いの儀式って、実は明日香みたいな能力者が儀式を取り仕切っていたのかもね」 「だとしたら、すごいね。本当に天候を操作してたことになる」  琴音と匠は平安時代に思いを馳せながら、しばらく時を過ごした。  やがて、雨は微かな霧雨となり、三人は車へと戻った。  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 「あえて理系的な解釈をすると・・・」  車に戻った琴音は、先ほど起こった現象について自分の見解を語る。 「森の木々が葉の角度を変える。太陽光をたっぷり受け止められるような角度にする。そうすると、その場の温度が上がるよね。・・・結果、上昇気流が発生して。水気を含む空気が上空で冷えて、それで雨雲が生まれたんじゃないのかなと思った。そのきっかけを与えたのが、明日香なのかも」 「あそこの木が、今日は大丈夫って言ってた。」明日香も会話に参加する。 「大丈夫って?」 「今日は雨を降らせられるって言ってたの」 「そうなんだ。あ、そうそう。・・・あのね、明日香。」琴音は少し、真面目な顔で娘のほうを向いた。 「なぁに?」 「雨が降るお願いをするのは、パパやママがいいよって言った時だけにしてね」 「どうして?」 「急に雨が降ってきたら、傘を持っていない人が困るでしょ?」 「わかった」  明日香には分かりやすい説明をしながらも、琴音が心配していたのはもっと良くない事態になる可能性についてであった。天候を操ると、下手をすると災害へとつながるかもしれない。 「でも、コトリママ、ここにしか雨を降らせる木はいないよ?」 「そうなんだ。分かった。教えてくれてありがとう、明日香。」手を伸ばし、我が子の頭をヨシヨシする。  車は霧雨の中、元来た道を戻っている。 「でも、タク君、私にはこの雨、ちょっとだけ悲しげに感じるんだよね。」琴音は、夫のほうに向き直して雨から感じる印象を伝える。 「なるほど。さっき僕が調べた情報によると、ここの龍神さんは、元々、猿沢池のあたりに住んでいたらしいよ」 「あの奈良公園の近くの猿沢池?」 「うん。帝の寵愛を失った采女(うねめ)が身投げした話、有名でしょ?」 「あの、采女祭りの?」 「そうそう。それがあって、穢れた池を嫌って龍神さんがここまで引っ越しをしてきたんだって」 「へ〜。猿沢池と吉祥龍穴が繋がってたんだ。・・・ということは、その身投げした采女の悲しさが雨にも表れているっていうこと?」 「なのかな、とか」 「違うよ。」車内に明日香の大きな声が響く。「この雨は、やさしい雨なの」  明日香のその一言を聞くだけで、周囲の雨景色が優しい景色へと変化した。かつて、両親を亡くしてしまった私は、ちょっと悲観的に世界を見てしまいがちなのかもしれないと琴音は思った。 「コトちゃん、晴れてきたね」  山道から一般道へと下りた瞬間に、太陽が再び現れた。明るい景色は気分をも明るくしてくれる。  再び、あの老夫婦に出会えたら、雨乞いの話をしてくれたことの御礼をしよう。窓の外の晴れた景色を見ながら、琴音はそう思った。 ◆著者サトタケより◆ 琴音と明日香の物語をお読みいただき、ありがとうございます。これからも新しいお話を作っていきますので、よろしければ、作者フォローをいただけますと幸いです。 また、明日香が生まれるまでの琴音を綴った長編「コトリの薬草珈琲店」もエブリスタ様にて掲載中ですので、よろしくお願い申し上げます。 https://estar.jp/novels/26057092 サトタケ拝
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