寂しくも楽しかった思い出と、お昼寝から目覚めた超能力者。(視点:葵)

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寂しくも楽しかった思い出と、お昼寝から目覚めた超能力者。(視点:葵)

 しかし咲ちゃんってば本当によく寝ている。膝枕をしており身動きが取れないため、スマホで開きっぱなしになっている観光地の一覧をぼんやりと見返した。この中で、私が惹かれるところは何処だろう。もし一人で訪れたとして、 望する訪問先はやっぱり景色のいい場所と遊覧船かな。雄大な自然は圧倒されるから好きだ。沖縄の万座毛もいい景色だったな。皆で写真を撮ったっけ。咲ちゃんと田中君のツーショットも収めたのだった。そういやあの時、何故か恭子と綿貫君はダッシュで崖っぷちへ向かっていた。そして二人も仲良く自撮りでツーショットを撮っていた。つくづく思う。あいつら、二年前から結構距離が近かったんじゃないか、と。実際、恭子は薄っすら惹かれていたみたいだし。自覚しないほどの薄さだったから、いざ綿貫君に好きなお相手がいるとわかって二年越しにようやく動揺したのだ。そしていざ好意に気付いた途端、酔っ払って絶叫して咲ちゃんを呼び付けて私のエプロンに涙と鼻水を付けて。まったく、可愛い親友だね。しかしあいつ、他人の情緒には敏感なくせに自分の気持ちには鈍すぎる。困ったもんだ。だけどいよいよ両想いだと判明した。クリスマス・デート上手くいくといいねぇ。ちょっと寂しいけどさ。  首を振り、観光地に意識を戻す。遊覧船はグラスボートだと最高だ。魚や海底をのんびり眺めたい。海上で浴びる潮風も爽やかで心地好いよね。 「あんた、海は大好きじゃないの」  唐突に恭子の指摘が蘇る。そうだよ。ごちゃごちゃ色々考えず、ぼんやりしていられるから。グラスボートも恭子と乗ったな。そうだ、※あいつは乗船中に見知らぬ男からナンパをされていた。当時、私は恭子に恋をしていたから、その様子を見て焦りを覚えたのだった。人が折角海底を覗き込んでいたのによくも邪魔してくれたな、あの兄ちゃんめ。何処のどなたか存じ上げんが、私は一生恨むだろうな。彼とは関係無く、その後恭子にはフラれたが。ははは。(作者注:葵と恭子の惚れた腫れたは「恋バナ」に収録されております。https://estar.jp/novels/26145383/viewer?page=1)  あとは海の思い出で忘れられないのは高速バナナボートだ。あはは、あれも恭子との思い出じゃないか。ジェットスキーに引っ張られて物凄いスピードで水面を跳ね回った。いやぁ、楽しかったなぁ。寝っ転がって掴まるタイプだったが、気を抜くと振り落とされるので必死でしがみ付いたっけ。普段、運動なんてしないから、終わってから腕が震えるほど疲れた。それでも波間を跳びはねる疾走感とスリルが滅茶苦茶楽しくて、もう一回やりたい、とすぐに思った。でもお金がかかるし二度同じ遊びをするのもな、だけど本当に楽しい、と悶々としていたらば。 「もう一回、やる?」  恭子がそう言ってくれたのだった。いいの? と聞き返す私はきっと喜びが全身から滲み出ていたに違いない。我ながらはしゃいでいたねぇ。  ……何だか恭子との思い出ばかりが蘇る。あいつに両想いの相手ができたから、寂しさを紛らわせようと反芻しているのかな。つくづく私は恭子が好きだねぇ。恋愛的な意味じゃなくてさ。そして二人で随分出掛けたな。私があいつに告白する前も、フラれた後も、ずっと傍にいてくれた。そりゃあ思い出も増えるわな。  意識を観光地の一覧に無理矢理戻す。読み進めると、今度はお寺や神社が表示された。時間があれば手を合わせたいな。青竹城の神様にはいつもお世話になっているので、割と信心深くなったのだ。もし通り道にあったら寄らせて貰ってもいいかなぁ。ただ、シーパークは恐らく皆が私のために選んでくれたから、それ以外の希望まで口にするのは少し気が引ける。ま、状況を見て決めるとするか。  あとの観光地にはあまり惹かれない。お洒落な日用品のお店があるけど、そもそも私は物をあまり持たない。昔はいつでも姿を消せるよう、身軽でいたくて買わなかった。今は消える気なんて欠片も無い。咲ちゃんをずっと傍で見守るって約束したし。おかげで物を買わない習性だけが残った。だから金は酒や咲ちゃんへの貢ぎ物に使えるし、貯金も順調に貯まっている。無欲の切っ掛けはひどい理由だが結果的にいい方向へ進んだね。災い転じて福となす、って自分のひん曲がった根性を災い呼ばわりするのも厚かましい、か?  次に、雑貨屋ね。可愛い物を見掛けてよっぽど欲しくなったら買うが、結局購買意欲が低いのだ。それに、わざわざ車に乗って訪問する程の熱量も無い。 その次は灯台ですか。うーん、海は好きだけど灯台にはあまり興味が湧かない。更に次は海鮮市場が表示される。美味しい海産物を食べたくはあるけど、何となく呼び込みが元気に満ち溢れていそうで苦手な雰囲気の気がする。次、キャンプ場。うん、微塵も関心が無い。出掛けた先では屋根と風呂と空調とベッドが欲しい。要はホテルがいい。バーベキューも別にやってもやらなくてもどっちでもいい。やってみたら楽しいんだろうが、移動手段は車だから酒が飲めない。今回の旅行に限らず電車で移動をしてまで酒を飲んでバーベキューをやりたいかと言えばそこまでの興味も無い。  そして運動公園ね。一番縁が無いわ。観覧車から降りるだけで転びそうになる人間が元気に体を動かすわけない。多分、ぎっくり腰か肉離れになるのがオチだ。  うーむ、こうしてみると私の趣味ってば割と極端だな。人間があまりいないところ、自然や神様、仏様に接する機会のある場所ばかりを望んでいる。例外はマリンアクティビティくらいかね。  ……何か、全体的に暗くない? 私の好みってさ。悉く一人で訪問出来る場所だし。いや、バーベキューを除けばどこも一人で訪れてもいいんだが、それにしたって興味を持った場所はソロ活動への適性が異様に高い。  別に落ち込むことでもない。むしろ二十六歳の時点でこういう人間なのだから、これが私の完成形に違いない。あ、そうだ。ちゃんと恭子と二人でも遊んでいたじゃんか。それに今日も咲ちゃんと一緒に温泉へ行ったし。うん、大丈夫。一人で完結しているわけじゃないぞ。  ……大丈夫って何だよ。ちゃんと二人でって、いいだろ、一人で色々やっても。それに恭子や咲ちゃんがいるから平気だもん、なんて言っている場合じゃない。恭子は十中八九彼氏ができる。だって両想いなんだもの。そして咲ちゃんは結婚する。プロポーズ、されたんだもんね。つまり、間違いなく私が遊んで貰える時間は減るわけだ。佳奈ちゃんに泣き付こうにもあの子も橋本君とヨリを戻した。その遠因に、私が背中を押したところもあるかも知れん。そうしておきながら、遊んでおくれよ、なんてどの口が言うのかって自分でツッコミを入れたくなる。  あぁ、いずれ一人になるのはわかっていたし、寂しいだろうと理解をしていたつもりだけど。恭子も咲ちゃんも本当に前へ進んじゃう現実を突き付けられると胸が痛い。咲ちゃんよ、温泉へ連れて行ってくれてありがとう。だけど感情のダメージまでは癒しきれなかったよ。今、膝の上で呑気に眠ってくれているのはせめてもの救いかな。大事な君が穏やかな顔を見せてくれているおかげで、ちょっと落ち着ける。取り乱さなくて済む。この細っこい髪を独占して撫でられる日も、もう終わりが近い。田中君を家から追っ払って咲ちゃんといちゃいちゃするのは流石に良心が咎める。私は君の旦那と違って常識人なんでね。  だからせめて、今だけは愛でさせておくれ。可愛い咲ちゃん。大事な後輩。ふふ、いちゃつけなくなってもちゃんと見守るからね。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆  はっと気付いて目を開ける。寝ちゃった。それも、大分ぐっすりと。葵さんのからかいを返して、膝枕をおねだりして、すぐに意識を失った。お昼寝をしたおかげで凄くスッキリしたけれど、どのくらい寝ちゃったのかな! 流石に葵さんへ失礼だ! だって旅行の調べものをしている最中だったもの! 慌てて体を起こそうとする。でも、葵さんが私の頭を撫でてくれていることに気が付いた。穏やかな手付き。そっと伺うと、空いている方の手でスマホを操作していた。少しだけ目を細めて画面を見詰めている。こうして私が熟睡している間も調査をしてくれていたのかな。やり返せたからって調子に乗り過ぎてしまいました! ただ、起き上がるとスマホに頭をぶつけてしまう。だから。 「葵さん」  びっくりさせないよう、静かに声を掛ける。ん、とスマホから視線を外し、私の顔を覗き込んだ。 e5e275d6-a374-40b9-9dc0-343dde290a3d 「おや、おはよう。まだ寝ていてもいいんだぜ」 「いえ、流石にそれは悪いです」  答えながら体を起こそうとするのだけれど、葵さんが髪を撫でる手を止めないので何となくそのままの姿勢を維持する。膝枕、落ち着きますし。 「あ、そうか。目覚めのチューが今頃効いたのか」 「……え?」  は? 「いや、あまりによく寝ているからこのまま起きないんじゃないかと心配になってさ。おとぎ話にあるじゃんか。王子様のチューで爆睡していた姫さんが起床するって。だから試しにチューしてみたけど咲ちゃんは起きなかったから、私じゃ駄目かーって思っていたのだが。起きたね」 「……葵さん」 「ん?」 「しょうもない嘘を吐かないで下さい……」 「流石に無理があったかー」  よっこいせ、とようやく起き上がる。残念、と大好きな先輩は舌を出した。 「すみません、でも熟睡してしまったのは本当です。どのくらい、眠っていましたか」 「四十五分。足が痺れて感覚が無くなった」 「ごめんなさい!」  慌てて擦る。手つきやらしぃ、と言われて太ももを軽く叩いた。 「いて」  ……ん? 「いて?」 「あ、やべ」  感覚が無いと仰っていたのに、痛い? 「まさか、痺れたっていうのも」 「うっそー」  葵さん! と叱り付ける。新しいからかい方を模索中なのだ、と立ち上がって腰に手を当てた。 「いや思いっ切り立っていますね!? 元気じゃないですか!」 「んだよ」 「もう、あんまり嘘を吐くと閻魔様に舌を抜かれてしまうのですからね」 「そいつは困るな。ディープなキッスが出来なくなる」  そうして真っ赤な舌を出した。背筋がゾクゾクする。恐怖じゃない。背徳的な感覚。 「じゃあ嘘はやめて下さい」  そっぽを向いて目に入らなくする。愛い奴、とまた頭を撫でられた。ドキドキ。その時、丁度時計が視界に入った。五時二十分か。四十五分寝ていたのは本当ですね。 「葵さん、改めて失礼しました。少しお昼寝するつもりがすっかり熟睡してしまいました」 「幼女じゃん」 「保育園のお昼寝ではありません」 「まあ二軒目の温泉で体が弛緩する程浸かったんだ。それに、昨日も丸半日、活動していたしな。疲れも出るさ」  なんだかんだ言いながら、ちゃんとフォローしてくれるのだから葵さんはやっぱり優しい。 「では改めて、旅行先の観光施設を調べさせて下さい!」 「あ、それはもう終わったからいいよ」  しまった! やっぱり調べてくれていた! 「えっと、まだ検索すべきところはありますか……?」 「無いね。雑貨屋とかの私によくわからんところは、訪問を希望しているメンツに決めて貰うつもりだよ。後でメッセージを流す予定だ」 「場所の把握も……」 「取り敢えず施設名のスクショは撮ったから、後で大体のルートは決めておく。運転手の私の方が、君より道順の選択にも慣れているし」 「じゃあ、私がお昼寝をしている間に……」 「旅行関係の今日片付けるつもりだった作業は終わった」  すみませんでした! と勢いをつけて頭を下げる。大したことじゃない、と葵さんは穏やかな声を掛けてくれた。 「情報を纏めたら渡すからさ、しおりに起こすのは任せるよ。そのための充電だったと思い給え」 「失礼しました……」  平謝りする私の肩を葵さんが軽く叩いた。 「まだやることあったわ」  その言葉に急いで顔を上げる。 「何でしょう!? やりますよ!」 「そうねぇ。これは咲ちゃんが昨日はっきりと請け負っていたからお願いしようかな」 「昨日?」  ええと、しおり作り以外に私が任せて貰えたのは。 「あ」 「そう。恭子から綿貫君へ渡すプレゼントの選定だ。さあ、三バカ一のダメ男に電話を掛けておくれやす」
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