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14話:神であった少女に蛇は牙を剥いた
前作▶https://estar.jp/novels/26181034
🐰
天啓の間から逃げ出すように部屋を出たマリアは、その勢いのまま大聖堂の入り組んだ廊下を早足で駆けていた。
サティサンガ卿は怖い。大司教様も何を考えているか分からなくて怖い。水晶玉が割れた理由も分からない。だがマリアには一つ、思い当たることがあった。
——“私”はいつでも、貴女を見守っていますよ、マザー=■■■
あの声。あの声がいつかの転生の時にマリアが実際に言われた声で、水晶玉の前で聞こえた声も本当に言われた声ならば。
“方舟”で子育てをしていた聖母マリア、“楽園”を追われた仔供のために“世界”となった地母神マリア。マリアの中の“誰か”がスカーレッタに対して放った『母の言うことを聴いて』という言葉。
「アタシ……アタシは、昔神様だった……?」
口に出してみて、笑ってしまった。そんな荒唐無稽な話があって堪るか。厨二病にしても流石に思考が飛びすぎている。
だがもしこれが本当ならば、マリアはそれを誰にも話してはならないと、直感的に感じた。きっとただひたすらに、これは争いの種になると察した。
サティサンガ卿にも大司教様にも、知られてはならない。水晶玉が割れたのは本当に驚いたし申し訳ないと思うけれど、その理由がマリアが神様だった過去を持つからならば、それを指摘されないうちにこの大聖堂を出るべきだ。
予測がつかないという恐怖がマリアを襲う。恐くて堪らない。どうしたらいいのかもわからない。一人でずっと抱え込まなければならないというのもマリアの気を重くさせた。
「——遅かったな」
教会を宛もなく駆けていたマリアは、そう声をかけられて足を止めた。振り返れば二階の吹き抜けの手摺に肘を着いたリーロンがつまらなさそうに吹き抜けから見える眼下の往来を見ていた。神に祈りに来る者、終えて帰る者。それをただ見つめるリーロンに、マリアは横の階段を駆け上がって飛びつくように抱き着く。
「おい、どうした?」
「……」
リーロンの問いに、マリアは答えられない。
「父上に虐められたか?」
「……」
首を横に振ったマリアは、彼の胸元に顔を埋めて「……帰りたい」と震える声で言った。ここではないどこかへ連れ出して欲しい。そんな願いを込めてリーロンに縋れば、若干呆れたようなリアクションの後に抱き上げられる。
「ベール、取れないようにしろよ?」
言われて、マリアは顔を晒さぬようにベールを被り直した。彼に抱き上げられたまま階段を降り、どうやら大聖堂を出たらしい。そして駆け寄ってきた御者に案内され馬車に戻る。
迎えの馬車は行きに乗った白い馬車ではなく、サティサンガ家の紋章の入ったタウンコーチだった。マリアは一度地面に下ろされて、それからリーロンの手を借り馬車に乗り込む。
椅子に座って初めて、マリアは自分が震えていることに気付いた。どうしてこんなに震えているのだろう。どうしてこんなに“恐ろしい”と感じるのだろう。
息が苦しかった。リコリスが首に回って、マリアの首を絞めている。今までそんなふうにマリアのことを傷つけたことなんてなかったのに、今日はどうしてこんなに攻撃的なのか。教会に来て、嫌なことばかり起きる。やはり神仏の類には関わらないが吉だなと心の中で思った。
馬車の扉が閉められ、走り出す。ガタガタと揺れる箱の中で、窓のカーテンを閉めたリーロンは「もういいぞ」とマリアに言った。何がもういいのか分からず戸惑っていれば、ベールをばさりと脱がされる。たしかにここならリーロン以外見ていないから、ベールを脱いでも平気なのか。マリアは納得して、座席に深く腰掛けた。
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