君のとなり

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▶【入れと促す】 「入るならとっとと入れ。そこにいられると邪魔だ」  彼にさっさと背中を向けると、鍵を開けて扉を開いた。  既に見慣れた光景になりつつある彼の思惑は単純で、それについて説教するのももう面倒になっている。 「さっすが京介さん! 相変わらず優しいなぁ、口は悪いけど~」 「いらんこと言ってると蹴り出すぞ」 「いや、うそです。ごめんなさい」  俺は帰りにコンビニで買った弁当をおざなりに電子レンジに突っ込み、スイッチを押すと着ていたジャケットをベッドの上へと投げ捨てた。  新婚時代に住んでいた部屋とは違い、ここは教員住宅として使われている古ぼけた二階建てのアパートの一室だ。  間取りは一応2Kとなっているが、その内の一部屋はほとんど物置と化していて、実際に使っているのは狭いキッチンから繋がる六畳ほどの和室のみ。  とは言え、学校からはほど近いし、ユニットバスとは言え一応風呂もついているから、男が独りで住む分には取り立てて不自由することもない。 「仕事はもう終わったのか」 「や、今日は休み。でも明日が早番だからさぁ…」  チンと電子音がして、温まった弁当をこたつの上に置くと、俺はひとりさっさと食事を始める。  遅れて部屋に入ってきた彼は、俺の向かい側に腰を下ろし、同様に持っていたらしいコンビニの袋を机の上にぽんと置いた。  いつも何の前触れもなくふらりとやってくる彼は、俺が食料を買い置きしないのを良く知っているからか、その日の食事くらいは自分で持参することが多い。  今夜もそれは例に漏れず、次いでごそごそと袋から取り出されたのは、数種類の中華まんの包みだった。 (……冷めきってんじゃねーのか、それ)  彼が食べ始めたのは、オーソドックスな肉まんで、他の包みも、あんまん、ピザまんと特に目新しさはない。  ただ、その持ち手が特に熱そうでもなく、良く見るとそれ全体が、温度差に溜まった水滴ですっかりふやけきっているのが気になった。 「夕貴」 「…え?」 「せめて温め直してから食え」  結局、いらん世話かと思いながらも、気が付けば口を開いていた。  今更温め直したところで、確実に味は落ちているだろうが、冷たいまま食されるのは何だか見るに堪えない。  それは彼――佐波夕貴――が、俺の部屋の前で待っていた時間の長さを告げているも同じ気がしたからだ。 「貸せ。こっち食ってろ」  何でわかったのかと、戸惑いも顕に俺を見る彼の手から、食べかけの包みを抜き取って、代わりに自分が食べかけていた弁当を彼の前へと滑らせる。  残りの袋も共に手にして立ち上がると、先刻と同じように台所の電子レンジに突っ込んだ。  包みを受け取る際、一瞬だけ触れた手も、随分冷えていた気がする。 (何考えてんだ…)  彼がここに来るのは、職場までが近いからに他ならず、それ以外には何の理由もないはずなのに、それにしては妙な空気を感じることがある。  が、当の彼にその自覚があるようには見えず、それが余計に俺を微妙な気分にさせる。 「…酒、買ってきたのか」  適当に温まった袋を持ってこたつに戻ると、いつのまにか机の上に缶ビールと熱燗が並べられていた。 「うん、一応土産のつもりで。コンビニ、友達と一緒に寄ったんだけどさ、そいつが酒ばっか買うから、つられちゃったっつーか」  その内の一缶を早速開けながら、夕貴はへらっと明るく笑う。  俺が半分ほど残して譲った弁当は、既に空になっていた。 「こっちはどうするんだ」 「え、どうするって、食うよ。ちょうだい」  ぶら下げていた中華まんの袋を示すと、さも当然のように片手を差し出された。  缶ビールを傾ける片手間に。 「あんまんは寄越せ」 「えっ…」 「なんだよ」 「う…まぁいいけど」  俺は溜息混じりに元いた場所に腰を下ろすと、勝手に目当ての袋だけ手元に置いて、残りの二つを夕貴に渡した。  ビールに中華まんの組み合わせもどうかと思うが、疲れの所為か急に甘いものが食べたくなった。  その反応から、彼もまたこれを楽しみにしていたのは明らかだったが、敢えてここは譲らない。  と言うか、そもそも酒を持ってきているなら食事の前に出せと思う。  まぁ、有無を言わさぬ勢いでさっさと夕飯を食べ始めたのは俺の方でもあるから、文句は言わずにいてやるが…。 「店は相変わらずなのか」 「あーうん、変わりないよ。でもここのところ風邪が流行ってて、シフトの変動がすげー激しいんだ。それがちょっと大変っつーか」 「あぁ、それで明日早番なのか」 「そうなんだよ~」  空になった缶をテーブルに置き、思い出したように熱燗を俺に差し出しながら、彼はしみじみと頷く。 (風邪か…)  確かに、風邪は現在、うちの学校でもかなり流行っている。  十二月も半ばになり、もう少しで冬休みに入ると言うのに、俺が担任をしているクラスも昨日今日と三分の一ほどの生徒が病欠していた。  ちなみに店と言うのは『アリア』と言う名のファミレスのことで、彼が基本遅番の社員として働いている職場だ。 (…温い……)  そんなことを考えながら受け取ったからか、カップの蓋を開け、ひとくち口に含んでから、その酒が酷く生温い温度であることに気付いた。  中華まんほどではないが、これもまた既に熱燗とは言い難い代物になっている。  さて、どうするか… ▷【我慢して飲む】→https://estar.jp/novels/26278265/viewer?page=5 ▷【あたため直す】→https://estar.jp/novels/26278265/viewer?page=6
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