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6.希望
十日後、蓮之介と紫野は連れ立って島田家の屋敷を訪れた。
屋敷といってもお目見え以下の御家人、広い土地の端に賃貸ししている長屋があり、邸宅そのものは慎ましやかなものであった。
赤子は紀之介と名付けられ、よく泣く元気な子であった。
蓮之介は全身を丁寧に診察し、笑顔で頷いた。
「この子は丈夫だ。乳の出はどうだい」
「あまり芳しくは……もらい乳で何とか」
「それでいい。少なくたって、母乳には赤子を病気から守る薬の役目がある。必ず含ませてやってくれ」
「はい」
少し貧血の気がある紀恵に紫野が薬を用意し、辞去しようとした時、勇之助が二人に手をついたのだった。
「ちょっと、島田様」
「数々のご無礼、相済まぬことでした。実は……町内の、我が家同様食うや食わずの御家人の奥方が、つい三日前に亡くなり申した。お産でな」
「そうでしたか」
夫の言葉を引き受け、紀恵が説明を継いだ。
「……後産というのでしょうか、その処置が不十分で、横になって休むことも許されずに血が下りてしまい、赤子を抱くこともなく……」
恐ろしいことに、お産の後、胎盤を出す『後産』を知らぬ産婆や医者はまだ多いのだ。
「先生方が、確かな医術で紀恵と子を救ってくださった事、身に滲みましてござる。一つ間違えば……お産は、正に命がけなのですな。不明を恥じ入るばかりにござる」
そう言ってもらえると有難い……蓮之介と紫野は顔を見合わせ、頷いた。
汗ばむ蓮之介の肌に背中を預けるようにして座り、後ろから回された優しい手に唇を這わせ、紫野は余韻を楽しんでいた。
「やっぱり、お前は亭主育ての名人だな」
蓮之介が頬を寄せると、紫野が振り仰いで唇を重ねた。
「こんなに愛し合っても、私は産めません。本当の出産の痛みも、産後の苦しみも、この身で知ることはできません。でも、何もできぬ男のもどかしさなら分かります。だからせめて……折角授かった命を妻任せにせず、男にできることをして、子の命に関わってほしいと、そう思うのです」
「そうだな。おめぇはよくやってるよ。どんな宿六も表六玉も、おまえの美しい微笑からの鬼の大音声には腰を抜かして心を入れ替えるからな」
「私は本気で……本気で」
ほろりと、紫野の頬を涙が伝った。
「おいおい」
「……あなたの赤ちゃん、産めるものなら産んでみたい」
ぎゅぅっと、蓮之介は紫野を背中から抱きしめた。
女になりたいわけではない。でも、愛しい男の子供を産んで育ててみたい……でも、それは永遠に叶わない。
答えが出る筈のない苦悶を抱える紫野が、蓮之介は心の底から愛しくてならない。
「取り上げた赤子は、皆俺たちの子供だよ。その子らのために、父親未満の男らを、これからもビシバシ鍛えるがいいさ」
蓮之介の言葉に、紫野が振り向くなり蓮之介を押し倒した。
「では、鍛えて差し上げます」
「望むところだ」
覆い被さってくる紫野の背中に腕を回し、蓮之介は強く抱きしめた。
蛇骨長屋診療所 番外編 亭主育て 了
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(近々公開予定です!! お楽しみに!! )
全シリーズ、どうぞよろしくお願いいたします!!
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