いつもは下っ端同級生たちを左右に展開させ、我が物顔で投稿してくるあいつが、今日は珍しく一人だった。
胸糞悪い片頬の笑みをこちらへ擦り付けてくる輩を背に、私は家路へと急ぐ。
温かそうな家々から届くカーテン越しの淡い光は無性に寂しさを感じさせる。
俺はただ娘の行く末を案じているだけなのに。どうしてこういつも小競り合いで会話が終わってしまうんだろうか。
日が暮れる前に安全に眠れる場所を見つけないといけない。頭はそのことでいっぱいだった。
小さな欠点をそれとなくひけらかすことを人は愛嬌と呼ぶ。私は幼い頃からそれをよく知っていたし、上手く使いこなしてきた。
これだけの圧政の中、暴動や一揆の噂が一つも流れてこないのに違和感を感じた。
肌と同じ温度の風が頬を撫でる。もうすぐ緑の季節がやってくる。
〇〇という男は『ある程度で満足する』という言葉を知らないらしい。このまま放っておけば、いつまでも描いたり消したりを繰り返すような気がして、ほんの少し怖くなった。
雑談の温度を下げないようにあくまで自然に、私はそっと友達の輪から抜け出す。 この頃、そういうことが多くなった。
夜通し警戒し続けていた兵たちにもう戦う気力は残っていなかった。戦が始まる前に逃げだす者もあらわれ始めた。
どれも久しく名前を聞いていない古いアイドル達だった。こんなメンツで一体何ができるというのか。
それぞれの思惑や感情が網の目のように交差しているそこは、一度捕まったら容易に抜け出すことはできない。 もがけばもがくほど複雑に絡み合い、いつの間にか自分もその網の目の一部と化していしまう。
コンクリートに衝突してはじけ飛ぶ波しぶきを真っすぐい見つめながら、彼は少し寂しそうにつぶやいた。 「どこにも、行けなくなってしまったね」 ずっと先の未来のことを言っているように思えた。
彼は二言に一回はつっかえながら、自分の生い立ちを少しずつ私に聞かせてくれた。 それは取り出すだけでも痛くてたまらなくなってしまう体験だった。彼の思い出にはまだカッターナイフが深々と刺さっっていた。
『自分は周囲の期待に応えている』 ターゲットにそう思わせるのが俺の仕事だ。奴隷として生かされていることに気づかせない為に、ハリボテのステージとスポットライトを用意してやる。録音された歓声を流し、ホログラムの観客を映す。
その重厚な古い洋館は曇り空も相まって、彼を閉じ込めておくための監獄のような印象を私に与えた。
彼の瞳は真夜中の湖のように暗く静止していた。不気味なほど静かな目の奥には、もう何も映らないような気がした。
作業に没頭すぎて夜に突入していたことに気が付かなかった。いつの間にか彼女と二人きりになっていたことにも。
彼女は心から腹を立てる。その堅物具合を周りは面白がって余計に茶化す。優等生キャラにはよくある展開だった。
体中にこびりつきそうな悪臭漂う現場に足を一歩足を踏みいれる。犯人は女だ。経験に裏打ちされた勘が俺にそう告げた。
心に疑問を残したまま戦場に出てくる奴は死ぬ。国に大切な人間を残したまま戦場に出てきた奴は生き残る。
ひねくれ者のあいつが他人の言葉をすんなり受け入れるなんて。相手は年下、しかも大学を卒業したての若い男。裏があるに違いない。
人の上に立つことも、人前に立つことも、幼い頃から経験してきた。でも窮地に立たされることは経験できなかった。
振り降ろされた斧がやたらと鮮明に観察できる。最後の瞬間がスローモーションで近づいてくる。
人の密度は薄いのに人の繋がりは濃い、それが地方ってもんだ。
珍しく物思いにふけるような知的な顔をしていたもんだからそっとしておいたのに。まさか寝ていたなんて。無駄に器用なところに関心して呆れた。
内勤の私にとって出張はちょっと憧れなのだ。それが泊まりとなればなおさらだ。ちょっとした旅行気分で鞄に荷物を詰める。まだ出張まで三日もあるのに。
頻繁に顔を合わせていた頃より、会えない今の方が彼への想いが強いことにようやく気付いた。
手を突き入れて、中に詰まっていたものを取り出した。 彼女の生徒手帳だった。 彼女がここを訪れた、もしくは彼女から持ち物を奪った何者かが、ここに来た可能性がある。それだけでも十分な収穫だった。