つぶやき一覧

彼女と会うことが億劫と、いつから感じるようになったのだろう。得られると思っていた生暖かい安寧はどこか遠くで、胸の奥にどすんとこびりついた義務感が僕の体をただただ重たくしていた。
ちょこまかと出口をもとめるネズミのように部屋のあちらこちらを歩き回る。歩くことで彼の思考をめぐり、二手三手先を見据えた答えを導き出す。
だから私を見るな。声をかけるな、下の名前で呼ぶな。煮詰めた砂糖菓子みたいに胸の真ん中がぐにゃんとする。いつもの冷めた頭で考えられなくなる。
教室から転げ出てきた彼は、もう先程までの彼ではなかった。目の焦点が宙をさまよい、なにかブツブツとつぶやいている。 『何を見たのか』という私達の質問を一切無視して、つまずきながら下駄箱まで一目散に駆け始め、そのままこちらに目も向けることなく夜の闇へと消えていった。
ひょっとしたらボクは彼女の弱音を聞いた初めての生徒ということになるのかもしれない。 周りの全てを敵とみなすような刺々しさが取れて一回り小さくなった彼女は、年相応の女の子らしさがにじみ出ていて、不謹慎だけどとても可愛いらしく見えた。
心もとない半月に照らされた足元を見ながら一歩ずつくたびれた小屋へと近づく。 ガセネタかもしれない。一晩中待ちぼうけをくらい、落胆と安堵が入り混じった胸を抱えて、この道を戻ることになるかもしれない。 でも、本当に彼が現れたとしたら、私はどうしたら。何て言葉をかければいいのだろうか。
「人の心の量には限りがある。悪事ばかり働いてきた人間は、いつか暗い心が底をついて、良い行いをしたいと思うようになる。逆もしかりだけどね」 彼女は遠くを眺めるような声で自嘲気味にそう言った。
糊きいたシャツで身を固めた彼はやり手の弁護士に見えた。いやそのものだった。 かける言葉が見つからず呆然とする私に、やり手の弁護士は趣のある低い声でゆっくりと話しかける。 「見た目が全てなんですよ。言葉遣いや知識、振る舞いなんかはビジュアルの前では些細な違いでしかない」
生き物が住みついている廃屋かどうかは出入口近くを観察すれば分かる。廃屋から一歩も出ずに生活することはほぼ不可能だからだ。生き物の日常的な出入りの痕跡が見つからなければ警戒のレベルを3段階上げる。生き物以外がここをねぐらにしている可能性が高い。
夢うつつのように目の前の世界が白くぼやける。体が地べたに吸い込まれていくような気の抜けた感覚。頭を殴られたと気がつくまでに数秒、いや数分かかっただろうか。
武器の材料を調達しに行く為の武器が無い状態。ならどうするか。おのれの体を武器にすればいい。
身長が倍ほどありそうな大男を彼女はものの数秒で眠らせてみせた。体術もそうだが、何より音がまったくと言っていいほどにしなかったのに驚いた。
彼女はズボンの裾を折り返し、足先をそっとプールの水に浸した。 夜空を映した水面が静かに揺れる。
浜沿いの国道を車で走ると、地元に戻ってきた実感が湧いてきた。自宅の玄関より、この道が俺に故郷を感じさせる。
いつか世の中をあっと言わせる超能力が空から降ってくる。そんな妄想にしがみついてばかりで今まで何もしてこなかった。その結果がこれだ。そしてこの結果を直視できないから新しい妄想のぬるま湯を用意しようとしている。
憎まれ口をきいてしまうのは、許してもらえるのが分かっている安心感からだと気がついた。ずっと私は甘えていたのかもしれない。
しなやかな手足腰つきに目が奪われてしまう。着るものが変わっただけで印象がぐんと大人びて感じられる。
全身に綿のような眠気が詰まってなんだか、なんだか体の動きがワンテンポ遅れてしまう。
廊下の端から風に吹かれた柳のようにフラフラと彼女が歩み寄ってきた。目の焦点は空を泳ぎ、口元は半笑い。
仕草も受け答えもいつもの彼女だった。けれど声の張りや表情にいつもの覇気が無かった。まるで気弱な双子のもう片方が、彼女の演技をしているように見えた。
どの教室にも必ず一人はいる。周囲から浮いてしまっている存在に必要以上にいたたまれない気持ちを抱いてしまう子が。放っておけばいいのだ。見て見ぬふりをすればいいのだ。君は傷ついてはいないのだから。
彼は新体操のリボンのようにくるくると調理器具を使いこなした。その流れるような手さばきをただじっと見つめていた。彼の手が私の為に、私を想って動いてくれている、そのことがなぜか無性に嬉しく思えた。
転身と言えば聞こえはいいが、要は逃げてきただけのことだ。この手の人間は、自分のプライドを保つ為に失態を前向きな言葉ですげ替えるのが上手い。それを見破るのが私の仕事だ。
彼女はその銀色の瞳で俺の目の奥をぐっと覗き込んできた。まるで頭の中で考えていることを引っ張り出すかのように。
一人身は空間を物で満たすことで孤独から湧き出る寂しさに蓋をする傾向がある。床に物が多い人間は寂しがり屋が多い。 俺が現場に足を踏み入れた時の違和感はここから来ていた。
車のタイヤ交換程度の感覚で人の入れ替えができると思っているのだろうか。考えが甘いにも程がある。
彼女は撫でるような丁寧な手つきで読み終わったラブレターを畳み始めた。そのまま鞄にしまうのかと思いきや、彼女は出来上がった紙飛行機を何の躊躇もなく窓からひょいっと夕日に向かって飛ばした。
「いいか、緊張が解けたと感じたら内面に深く刺さる問いを唐突に投げかけろ。不躾であればあるほどいい。そして相手の仕草を注意深く観察しろ。心の内は言葉でなく行動に現れる」
倒されたシュガーポットの中身が机の上で綺麗な扇型に広がった。
はるか遠くから眺めている分にはロマンチックで魅力的。でもいざ本物を目の前にすると、底知れない闇の深さに誰もが潜在的な恐怖を感じ、一歩引きさがってしまう。 彼はこの学園において宇宙のような存在だ。
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