童子

「学校は? サボり?」  部屋に入ってきた僕に彼女は長く黒羽色の髪を気だるげにかきあげながら、そう出迎えた。 「まあ……そんなとこ」  僕は通学用バックを床に投げ、部屋の片隅に置かれた鳥籠に近付く。棚の上の餌箱を手に取り、彼女に背を向けて鳥の世話を始める。 「几帳面ね」  その言葉にちらりと背後を見遣れば、彼女は携帯端末を片手にこちらを見ずに液晶へと視線を向けていた。  電気も通っていない薄暗い廃墟の中に、若い男女が二人。その事実に心の底から泥のような感覚が浮上する。  廃墟の外は雨が降り、激しい雨足は剥き出しのコンクリートを冷たく濡らす。空は緞帳(どんちょう)に覆い隠されたように陽の光を漏らすことは無く、それはこの灰色の一室も同様に薄暗い。 「君、学校は?」  端的に質問をする。 「サボり」  ポツリと、必要最低限の語句で返された。  ボロボロのソファーに制服のまま身を沈めた彼女は、液晶から視線を外して僕を見た。 「雨、ダルいから」 「そ」 「ん」  短いやり取り。だが、それも何時もの事で慣れてしまった。  会話を続ける事なく僕は鳥の世話に戻り、彼女はまた液晶へと視線を戻す。 「ねえ」 「なに?」 「なんでもない」  そんな他愛もないやり取りを繰り返す。 「今日も、する?」 Vol.01-fin.
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「あなた、彼女居るの?」  <いつもの>、そう例えられる程に過ぎた、ある日の事。彼女は唐突ながらそんな質問をぶつけてきた。  いや、僕と彼女の関係を省みれば……今さら、と言った方が正しいのかも知れない。 「うん、居るよ」 「ふーん」  素っ気ない返事。ただ疑っている様子はない。なんせこの廃墟の中では――<嘘が吐けない>のだから。 「そう言う君は?」 「居るわよ」 「そうなんだ」 「ええ、意外だった?」 「いや、そんなこと無いよ」  そんなことは無い。なんせ彼女は美人だ。彼女くらいになれば周りがほっときはしないだろう。 「罪悪感は無いの?」
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「籠の中の鳥を、外には出さないの?」  彼女は肩越しに鳥籠を覗き込み、不思議そうに問い掛けた。 「なんで?」 「だって、その鳥は元は野生なんでしょ? 怪我も治ったみたいだし、空を飛べるなら飛ばせてあげれば良いのに」  その彼女の言葉に視線を落とし、名も知らぬ鳥をジッと見詰める。 「いや、その必要は無いよ」 「どうして?」  彼女の吐息が耳元を撫でる。 「こいつが外に出たって何も良いことなんて無いさ。籠の中に外敵も居ないし、寒さに震える事も無い。餌だって僕が与えてる……こいつは、この籠の中で一生を終えるんだ」 「残酷ね」 「そうかな?」  静かに呟かれた言葉に疑問を返す。
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