遠藤さや

実は読み始める前、怖い話が苦手な私は、村に古くから残る人身御供の伝承やそれに纏わる神事、そして神隠しのフレーズに、じめっとしたジャパニーズホラーなのかと少し恐れていました。 しかし、主人公・時生の醸し出すほんわかとした雰囲気にホッとしつつ読み進めていくと、想像していたものとは全く違う切ない物語にすっかり魅せられてしまいました。 まず、すべての情景描写がハッとするほど美しく、重ねられていく感情の機微に胸が震えます。 子どもたちのお渡り行列に始まり、一週間続くという村の祭りの取材に来ていた雑誌記者の時生。 彼がその祭りの宵宮で村に住む翠と出会うシーンは、特に印象的でした。 カラカラと回るかざぐるま。 遠くから聞こえてくる太鼓や笛の音色と、子どもたちが唄う伝承に纏わるわらべ唄。 真紅の鳥居がトンネルのように立ち並び、そのひとつひとつに付けられた提灯が照らし出す幻想的な赤の世界。 その無数に連なる赤い鳥居の間を、白い浴衣に狐面を着けて歩く翠。 まるで異世界に迷い込んだようなその光景が鮮やかに目に浮かんで、しばらくぼんやりと浸ってしまうほどでした。 現代の話の軸になるのは、村で数年前から起こっている子どもの行方不明事件ですが、村人たちはそれを神隠しだと恐れ、祭りに参加する子どもたちは狐面をつける習わしになっていました。 今年で19歳になるにも関わらず狐面をつけていた翠は、数年前にその神隠しに遭い、戻ってきた唯一の子どもでした。 生贄として子どもを奪われた母の想い、神隠しについて口を閉ざしたままの翠。 人身御供の伝承と、神隠しと呼ばれる子どもの行方不明事件。 二つの時代、似て非なる二つの事柄の繋がりが見えた時、その深い悲しみに言葉を失います。 そして、惹かれ合う時生と翠が触れ合ったのは、たった一度だけ。 抱き合うことも頬を寄せ合うこともない、指先が触れただけの切ない一瞬でした。 それが、二人の別れの場面だったことに、私は涙が止まりませんでした。 これは、愛の物語だと思います。 素晴らしいお話をありがとうございました。 (★)
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