隅野十三

まず、僕は本作を読んだ方で、ともすれば本作を作った方の苦闘を感ずること無く読んだ方がおってはならぬと考え、ある側面からすればネタバレをすることを勘弁願うところである。 本作はとんだ企てを検するのであるから驚く。その企ては、ペレックの「煙滅(翻訳版)」を彷彿とさせるものである。 現世(げんせ)では、本当なら訓蒙や文を書く方法は己が操るものであるはずだが、生歪んだ姿でぶくぶく肥らせたため、却ってソレらから己を操られる者(僕もです)が数多存する。 そんな中、本作を作った方の筆のなんと軽やかで安らかなことか。本作を作った方は、己を縛するはずの企てをもって、新たな”選択”を得たのかもと考えさせられる。 本作で検された企てが、「煙滅(翻訳版)」を彷彿とさせると述べたのは訳がある。なぜなら、僕のこの感想文は「煙滅(翻訳版)」のただの真似事だが、本作のソレは異なるからだ。 また、本作の企てが本作の名(な)と関連するところが、よく練られたものであると思う。当然、企てを検するのと併せて、その苦闘を悟られぬところも。 僕は己の好む本の関連で、本作の企て、または構想の上手(うま)さを多く述べたが、それは当然、本作の譚(たん)の歯応えあってのことである。 本作の主(おも)たる者である女と、間々現わす幼さ・達観さを併せ持つクロムらが、現と過去(だと思うがまたは夢なのかな?)を往還する幻想さが、優れたカバー絵ともよく合う。 これは余談かつ甚だ僕の目線からであるが、本作から香るムードは、孤独な男の子とその友カムパネルラの童話を彷彿とさせるのではなかろうか。 本作の主たる者の心の咎へ慰めを与え、受け止める手助けをするクロムらの暖かさ。それは、僅かだが語られる彼らの過去からくるものだろうと読む者の想像を昂らす。 ラスト、本作の主たる者の目から落つるそれは、心の空白などのペーソスからだけくるものではなくなった。 本作は、本作の中の者・それを書く者・それを読む者、それぞれの、それぞれを縛する心から放たれる作なのだろう。少なくとも僕はそう思うのだ。 (★)
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