鯉、来い。濃い恋。請い乞う……。
来た来た、来ましたよ。紅屋さんワールド。 今回は、雅な世界へいざなっていただきました。 実は雅な都のお話ではなく、鄙の片隅で起こった出来事なのですが、印象がとても煌びやかです。 まず、陰暦の神無月ですから、周りの木々の葉は紅葉し、まさに錦絵のごとしですよね。舞台背景は整っています。ああ、きっと水面にも紅葉は映っていますよね。そこに、船が澪をひくのです。静かに切り裂いていくのです。何事かが起こる予感がします。 彩りに加えて、鯉が登場し、水音が入ります。 そして、古《いにしえ》の雰囲気を強めているのが、会話文の古語遣いです。憎い演出ですねえ。 昔、古文の宿題を辞書と首っ引きで訳しました。文法の苦しみの網から抜け出すと、昔も今と同じような、人々の生き様が見えてきます。けれどその文章は淡々としていた気がします。感情を削ぎ落した静謐さでしょうか。私は、この作品にも、同じような雰囲気を感じました。 昔は、異形に対して、科学的根拠など持ちません。丸ごと受け止めます。 「鯉女」でも、そうです。 男のなりをした女《むすめ》と、女を男と思い女の姿で現れた鯉の金松葉。 それも、何と金松葉は、出雲へ招かれていると申しています。神ではありませぬか。 女は初めてのことに恐れおののきながら、濃い恋のひと時を過ごします。 そういえば、鯉はけっこうくちびるが分厚いかも、と笑いがもれました。 さて、孕みたるは、子か卵か。 日増しに大きくなる我が腹を撫でる、女のうっとり(ねっとり?)とした表情が見えるようです。 これからも、紅屋さんには洋の東西を問わず、耽美な世界を追及していただきたいと存じます! この度は、楽しく読みました。 短編でありながら、濃密な時間を堪能いたしました。 ありがとうございます。
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