小池 海

未完成だからこそ完成される、青春
「高2の女子高校生が仲間とアカペラで全国一を目指す青春物語」 こう書いてしまえば、アカペラを舞台としたライバルたちとの熱き競争劇なのかと思ってしまうけれど、メインであるはずの全国大会本戦は、なんと137ページの中でわずか10ページも描かれていない。 そして本戦が終わった後も物語は卒業に向けゆっくりと続いていく。 このことからも物語が、歌そのものではなく歌を媒介とした高校生同士の「絆」を中心に置いていることがわかる。 主人公たち高校2年生という時期は、人生においてどんな時間だろう。 子どものように感情の赴くまま行動するわけでもなく。 大人ほど感情に蓋を押し付け気づかぬふりをして過ごすわけでもなく。 大人と子どもの橋の真ん中に差し掛かったような時間では、自分の生い立ちや境遇を受け入れつつ、悩みつつ、模索する。 一人の人間として形作られるなかで他人に境界線を引きつつ、一方で居場所を求める。 身体の中に有り余る熱量をたぎらせながら、現実という冷水にくすぶらせている。 大人になって振り返ればわかるけれど、自分に足りない残りのピースを埋めていくような時間は、戻りたくてももう二度と戻れない時間だ。 彼ら彼女らが、この時間を十数年後に振り返ったらどう思うだろう。 ぴったりはまった6つのピースは偶然なのか必然なのか。 一人だけでもだめで。 一人が抜けてもだめで。 未完成な6人が想いを重ねあわせることで生まれた一体感。 それは、恥ずかしくも、懐かしく、ひょっとしたらいずれ色も形も変わってしまっているのかもしれない。 けれど、心の中でいつまでも変わらない幸せな「価値」で。 この物語を、彼ら彼女らと同年代の人に読んでもらいたいと思う。 生まれつきの才能や特殊な境遇、幸運とも呼べる偶然があったから、こんな 輝かしい高校生活を送れた……わけじゃない。 きっかけの糸口はもしかしたら偶然なのかもしれないけれど、手を伸ばす勇気が必要だ。 六華の声かけがなかったら。 ナルが過去に負けて承諾しなかったら。 ピースを埋める手を伸ばす勇気を、これからを生きる若い人に抱いてほしい。 丁寧で引き込まれる感情の描写。 個性的で愛したくなる登場人物たち。 若者の葛藤と成長を生き生きと見せつけられるストーリー。 8000字の短編から文句なしの青春を編み出してくれた三上さん、ありがとう。
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小池海様、いつもながら最高に素敵なレビュー、本当にありがとうございます。いただいてから今日まで、何度読み返したかわかりません。この素晴らしいレビューにどうお返事をしようと悩んでいるうち、こんなにも時間が経ってしまいました。すみません。 小池さんのレビューを見る度、いつも私よりも作品を読み取ってくださっているなと感じます。今回のレビューの中でも至る所に、「なるほどそうだったんだ」と、私が気づかされることが沢山ちりばめられていて、感動しました。(一つ一つ取り上げると、どん引かれる長さのお返事になるので割愛しますが) Twitterかどこかでも書いたかと思いますが、私は小池さんにこのお話を読んで
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未来が決まっている中で、過去を書くのはかなり難しかったと思います。 でも、未完成〜を読み終えたあとでvintageを読み返したら、矛盾どころか6人+1人が初読以上に愛おしく思えて、より感動しました。 おそらく様々なパターンを考えてこの形に収められたのかなと思いますが、 どのような形をとっていたとしても、三上さんの描く世界に読み手は満足できたんじゃないかなと思います(言っておきますけど、私が三上さんの書く物語にがっかりすることなんてないです。絶対ないです。笑)。 たぶんvintageが先に登場していなければ、グランプリをピークに持ってきてラストに六華とナルの場面があれば、それだけで一つの輝け
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