倉橋

中建氏の海外と人生の紀行文
 全部ではないが、ここまで中建氏の紀行文を拝読させて頂いた。  今回の文章は1996年のモンゴルが舞台である。  ちょうどモンゴル出身の歌手、オユンナが日本で活動していた頃かと思う。  モンゴルで制作された映画『成吉思汗』が日本で上映されたり、高橋克彦が原作を書いた大河ドラマ『北条時宗』がなどのモンゴルロケを行い、フビライ・ハンなどの役をモンゴルの俳優が務めたりした。  残念ながらモンゴル映画界の俳優に興味を持つ人は少なく、日本では無名の俳優に大役を演じさせたことは全くの空回りに終わり、ドラマ自体話題にならないまま終了した。  とはいえ、長い間、ソ連の影響下に置かれたモンゴルの自由化が進み、日本との交流が積極的に進められ、NHKなどのバックアップもあったとはいえ、一種のモンゴルブームを日本で巻き起こしたことは紛れもない事実である。  この時期、モンゴルを訪れた氏の紀行文は、自由化が進み、伝統と極端な現代化が入り混じり混沌としたモンゴルの様子を氏の経験を通じていきいきと伝えている。  氏は短期間とはいえ、モンゴルの伝統的な文化、風俗に直接接する機会を得たことで、非常に貴重な情報を私たちにもたらしてくれる。  モンゴルの現代史にとって重要な時期の社会、生活、人を描いたノンフィクションとして高く評価されるべきかと思う。  またモンゴルの伝統文化を学ぶうえでも貴重な資料となることは間違いない。  ただしこのノンフィクションは単なる海外の紀行文ではない。  氏の一連の紀行文に共通することであるが、氏の人生の紀行文であり、海外での経験が氏の人生、思想を形成するうえで非常に有意義な旅であったことを私たちに教えてくれる。  今回の文章では、草原で見た夜空の星、そして群れとはぐれてただ一頭彷徨っていたラクダとの邂逅が大きな意味を持つことになる。  それだけの大きな感動を味わうことの出来た氏を率直に私は羨ましく思う。  人生の紀行文と海外の紀行文を交錯させた見事なノンフィクションとして私たちの記憶に残ることは間違いないと思う。  あれから30年近い歳月を経て、当時混沌としていたモンゴルはどのように変わったのか?  氏に改めて解説してもらいたいと思うのは私だけだろうか?  
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倉橋さん、こんばんは! いつもながら、本編をしのぐ筆力の感想ありがとうございました。 その国にとっての重要な時代という意味では、数ある旅先のなかでもモンゴルは私にとって特筆に値する国でした。 執筆当時は大国のくびきから解放され、これから国がどうなるのだろうという時でさえ、草原の国の人々はこんな風に逞しく生きているということが言いたかったわけですが、長い時を経て西洋資本主義の文化が一気に流れ込んだであろうこの国を想うと、また違った意味で貴重な記録になったのではないかと考え、一度はお蔵入りにしたものをエブリスタで公開する決意をいたしました。 その意思をしっかりと酌んでくださり、また完璧な解
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