空白が幸せを醸す
 冒頭から、詩愛はひとりでいる。  彼女の隣、もしくは向かいに座るはずの浅黄は思い出の中にしかいない。待っている彼女の立場で言えば、そこに誰も立ち入れない大きな空白だけを残して逃走中なのだ。  出会った時のエピソードや、成功していく過程、彼の失踪など、ラジオの進行に沿う形で、詩愛の回想が差し挟まれる。その中で、浅黄は天才であるが故に、自分の思い通りではない環境の変化に対応することが出来ず、潜水艦を降りたことが語られる。  だがシーラカンスはひとり、耐えて待った。耐えられることが彼女の強さであり、待っていられることが彼女の愛の大きさを伝えてくれる。  この話をキリストが語った「放蕩息子」のたとえ話と重ねるのは、いささかうがち過ぎかもしれない。だが失踪(=放蕩)の末の悔い改めと、迎え入れる側の愛と赦しの大きさは、やはり多くの共通点があるように思う。  私は最初、浅黄は心が弱く、詩愛の脇に空白だけを置いて逃げ出した無責任な男と感じた。だが彼は、ただ弱いだけの人物ではなかったのだ。  もしかすると彼は、詩愛の抱く愛の大きさが見えなかっただけかもしれない。失踪中、彼自身も空白を連れ歩いて、やっと置いてきたものの尊さに気づいたということはありうる話だ。  遠く離れて時間を置いて、それでも彼女が待っていると知り、浅黄は心を決めて戻ってきたのではないか。ぽっかり空いた空白を彼自身と、彼の持つ愛情で埋めるために。  イエロー・サブマリンは再び走り出す。その行く手には祝福が待っているだろう。空白に注ぎ込んでいた愛情を、これからはお互い相手に向けることが出来るのだから。
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か、感想が……原作を遥かに凌いでいる😱 どうしよう。 もう何と申し上げればいいか💦 カタ((((꒪꒫꒪ ))))カタ ありがとうございます。 実は今回、浅黄くんをいかに「ただの我儘で無責任なやつ」にしないかでかなり苦悩しました。浅黄の手紙による独白や、詩愛との会話の中で、その印象をできるだけ和らげたいと思い何度もリライトしました。(技術があれば、彼をもっと魅力的に描けるのでしょうが😖) 放蕩息子、お恥ずかしながらよいちさんの感想で初めて知りました!(すぐに調べました💦) お互いに空白を感じていて、心にぽっかり空いた穴を他のもので埋めようとするけど、うまくいかない。やっぱりふたりがいい。離れば
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レビューを書くのはいつもドキドキなので、気に入っていただけて良かったです😊 「放蕩息子の帰還」はレンブラントの絵画などで知っていたのですが、意味はぜんぜん伝わってこなかった。それこそ「我儘で無責任な息子」を赦す「愛」が理解できなかったのです。 でも今回、雪乃さんの作品によって、なんとなくだけど分かった気がしました。浅黄が戻らなければ、詩愛はこのさきどんなに素晴らしい男性に会っても、幸福になることは難しい。失われたままでは、彼女を不幸にし続けていくことになる。 でも彼は戻った。それだけで彼女は幸福になる。さらに彼女とともにこれからの人生を歩むと決めたなら…… そういう愛なら、ちょっと理解でき
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