小池正浩

民主主義の敗死としてのクーデター
 古来から世界中のいろんな土地いろんな民に信仰されている神々は数多存在するが、なかでもとくに名だたるひとりにアテナという女神がいる。  有名なかのギリシア神話では、生まれたときから頭に兜をかぶり甲冑を身にまとって、全身武装した美しい姿で描かれるアテナはまた、かたわらに賢いフクロウを従え、オリーヴを好み発明の才を愛した知恵の女神としてもある。しかし彼女はまず何よりも〝戦争の女神〟としてあった。  城塞都市の名前の由来にもなっている守護女神のアテナがもっぱら支援するのは、だがあくまで防衛目的の戦闘のみ。メドゥーサと戦う者にはよく磨かれた楯を、ギガンテスを撃退するためには強力なイカズチを授け、またあるときは天翔る馬ペガサスを飼い慣らし、キマイラ退治に役立てるといった具合に。  暴力と流血沙汰を女神は嫌った。もとより司るのは、農耕や航海にかんする実用的なものから、裁縫や機織といった装飾品のような、さまざまな技術だった。  ほかにイソップ寓話にはこういうエピソードも語られている。  ──英雄ヘラクレスが歩いていたところ、進行方向にリンゴのようなものが落ちている。邪魔なので踏みつけると、なんと倍の大きさにふくらんだ。踏み潰してやろうと、もっと足に力をこめ、さらには手にした棍棒で強く叩く。が、にもかかわらず、それはますます膨張し巨大になるではないか。やがて、みるみるうちに道を塞がんばかりになってしまった。  もはやどうしたらよいかわからず、お手上げ状態で茫然としていた彼の前に、女神アテナが姿をあらわし警告した。 「兄弟よ、おやめなさい。それは疑いというもの争いというものです。相手にせず避ければよいのですが、もめればもめるほど、とりかえしがつかなくなるものなのです」  喧嘩や確執がもとで大惨事になることは自明の理──という教訓譚。とはいえ、としたら、起こってしまった悲劇じたいはどうすればよいのだろう。  女神アテナとおなじ名をあたえられた本作の主人公のひとりは、しかし神話や寓話の登場人物ではない、生身の苦悩する人間として肉づけられ、現実とパラレルな世界に生きる私たちとおなじ次元の存在だ。彼女の受難の運命の行方は? はたして物語は、予言めいたシミュレーションとなるのか。それとも、いま直面している戦争を終結させる有効な手だてとなりうるのか。  救済は存在するのか。
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私の作品を取り上げていただき、ありがとうございます。 私の物語は比較的短期に終局を迎えていますが、戦いが長期化したとしても戦況が彼の大統領にとって納得のいかないものとなった場合、同じ方向に向かうのではないかと考えています。 どうやって戦争を終わらせるか……。本当は、人間の英知を押し出したいところでしたが、彼の国の政治状況を考察するに、どうしても難しく、あのような顛末に導きました。 毎日、ウクライナのニュースを見ると胸が痛みます。同時に、多くの日本人がミャンマーのクーデターを忘れてしまっているであろうことや、日本国の難民認定の難しさにも憤りを覚えています。 日本が国際的な信頼を得るためには
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 いまだ予断をゆるさぬウクライナ侵攻の戦況、けっして忘れてはいけない現在進行形のミャンマー危機、あいかわらず難民の受け入れを露骨に嫌がり拒否しつづける日本政府、それにもかかわらず世論の情勢にちゃっかりのっかって外交アピールにはこれ見よがしに政治利用する現首相と現政権……明日乃さんのまさしくおっしゃるとおり、年々どんどん国際情勢にかんして何かと感じること、考えさせられることが多くなりましたね。そのときジャストのタイミングで発表・連載されたのが、この『大統領の戦争』でした。いま、まさに僕が読みたかった物語、誰かに書いてほしかったタイプの作品でした。  まずそのハイリスクで、いろいろと気を遣うし、
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