小池正浩

 奇遇にも、この半年あまりのあいだにたまたま今年刊行された批評関連の書籍でいいものを連続して読みまして、とても意義深いというか価値高いというか、見ようや人それぞれのとらえようによっちゃ中途半端な内容にも不完全燃焼の未完物にもおもわれちゃうでしょうけどけっしてそうではなくて、おそらくその先へつながってゆく、伝えられて次の形になるための、意味ある現在地の再確認とか助走の準備体操ではないかと、より具体的にはその人だけが知りえる思索しつづけたからこその、稀少な知識だとか貴重な見解、気づかなかった観点だとか可能性を秘めた手法だとかですね、とにかく豊富豊作、触発的このうえない、ということでだいたい刊行順(再刊された新版もあり)に軽く紹介だけしちゃいます。 『推理小説作法 増補新版』土屋隆夫  本格はこういう粘り強い意思と継続の姿勢をもった作家でないと。「割り算の美学」がどのように裏打ちされ形成されるか、すごく勉強になります。ぜひ全土屋作品の復刊乞う! 『自伝的革命論 〈68年〉とマルクス主義の限界』笠井潔  論文パートでの硬質な文体で展開されるラディカルな思想と、自叙伝パートでの当時を追体験できるような運動のリアル、もうおもしろくておもしろくてたまらない。早く『ユートピアの現象学』が読みたい。矢吹駆シリーズの新作もたのしみ。 『糖尿病の哲学 弱さを生きる人のための〈心身の薬〉』杉田俊介  軟弱な、未成熟の、不細工ですらあるかもしれない思索の過程途上や発芽しないままの不活性な日々の徒然を病とともに、できるかぎり隠さず正直に書いて公開したこの日記の存在意義はけっして小さくない。大著『橋川文三とその浪曼』の続刊が待ち遠しい。 『パンデミックとアート 2020-2023』椹木野衣  さすが、『日本・現代・美術』『後美術論』『震美術論』などの一連の画期的批評で災厄との関連性を掘り下げてきた着眼点や論の鋭さはこの批評家ならでは。スペイン風邪の流行と忘却にかんする指摘はあらためて強調してもしすぎることない、ほんとうに。 『無意味なものと不気味なもの』春日武彦  エッセイふうの個人的な追想や連想を駆使して文芸批評を即興曲みたいにおこなう技巧と形式には、地味ながら凄まじい衝撃を受けた。夢中になったし、目から鱗。もっと評判になってもいいのに。まだまだ発展させようのある未開の斬新な方法論。
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