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憧れのひと
秋月晶
2024/10/26 13:30
二つの青春は、虚栄心の陰にある。
『憧れのひと』に寄せて、レビューを記します。 ※多くのコトを書きたいので、ですますの丁寧語は廃していきます。 『憧れ』というと、理想的な存在、夢、願望、あるいは惹かれてやまない有名人などが対象になると思う。 だが、日本語としての語源は『あくがる』であり、これは今いるところを離れて彷徨する、という意味であった。 恋とはまさしくその状態で、相手を想うばかりに、自分自身を掴みきれないものになることが多い。 本作『憧れのひと』では、女性作家と年下の男子学生との恋が主軸になるが、それが創作意欲となり、また意外な結末となり、いかに芸術というものが、そのときの心境を映しているかを、読者は体感的に知ることになるだろう。 『憧』の文字は、主に青春期の象徴として用いられる。特に年上女性にとって、若い学生との恋は青春の再来であり、自分を若返らせる起爆剤となる。しかし本作では、それに伴い、もう一つの青春も描いており、そして、その二つの青春が手から零れ落ちていくさまが見どころとなっている。 主人公・加來美尋は作中の文壇において著名な女性作家だ。 彼女は若い感性を保つため、美形の男子学生をアルバイト雇用することを好んでいた。 物語は、新しくアルバイトとして葛原環という学生を雇い、そこから恋へ、その先の恋の沼へ滑落していく展開だが、環が引き起こす行動により、作品の中に波が立つよう仕掛けられている。 作者である乃上さりさんは、ホラーとヒューマンドラマのスペシャリストとして知られ、人間の心象を文字に映し出すことが上手い。 本作『憧れのひと』では、人の性たる恋を通して、8000文字の中で二つの青春を描き、主人公・加來美尋の情熱と冷淡を浮かび上がらせた。 人間の二面性は、どちらも本質であり、澱みない筆によって、読み手の心理と加來美尋とをリンクさせている。 それでいて難解な感情はなく、読者を選ばない扉の開放具合や、安心して読める安定性も、乃上さんらしい作品である証明だ。 英国の元首相、B・ディズレーリの言葉を引用しよう。 『女の虚栄心──それは女性を魅力的にする神の贈り物である。』 異なる印象を抱かせる『青春』と『虚栄心』だが、そこに『女』が入れば点と点は結びつく。 本作『憧れのひと』はその上で創作者の立場から『寂しさ』を添えている。 上質かつ蜉蝣のようなこのヒューマンドラマは魅力に富んだ作品だ。
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乃上さり
4日前
秋月晶さま この度は拙作をお読みいただいた上、とても丁寧なレビューをいただき大変感激しています。また自ら思い至らなかった点に気付かせていただき、何度も読み返していました。ありがとうございます。 まず、運命の一冊というテーマを前に、同じ一冊の本が人により違う意味で“運命の一冊”となる物語を書きたいと思いました。 ある人にとっては栄光への最初の一歩であり、ある人にとっては過ぎし日の想い出の象徴であり、またある人にとっては大切な人のため復讐を決意するきっかけになる一冊……。 また“憧れ”は年上の女性への憧れ、青年の若さや美しさへの憧れ、成功した友への憧れ、そしてキャリアとか結婚とか今とは違う別
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