西 海斗

天才だからといって幸福とは限らない。そうだとしても。
 ゴッホは生前評価されることが無く、評価されるようになったのは死後だった。優はもしかするとゴッホに似たような天才なのかも知れない。だが天才は天才過ぎるために凡人は理解が出来ない。  同様な天才である麗の様な人間にしか理解が出来ないのだ。  だから生きるために、優は大衆に分かりやすくするために薄いコーヒーの様な文学を書かざるを得ない。生きていくために、麗を養うために。  妻も多分その優に愛想を尽かして逃げてしまったのではないかと思う。  もちろん過去を変える事は出来ない。  しかし優は完全に生きる希望を失ってはいない。麗に読ませている行為そのものが、彼に残されたかすかな望みだからだ。  親父、しっかりしてくれ。  悔いを食って貪欲に生きてくれ。麗が独り立ち出来るようになるまでの資金を稼ぐまでなら、薄いコーヒーを出す事で我慢してくれ。  麗が独り立ちし、自分の人生を生きる事が出来る様になったら、もう出版社や編集者などどうでも良い。自分が書きたいものを書いて悔いが無いように生きて欲しい。そのための準備をして欲しい。理解してくれる者は必ず現れるだろう。麗が理解してくれたように。麗が愛してくれるように。  文学には定年は無い。これからもずっと貪欲に生きることを願って。
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西さん、ステキなレビューありがとう💕 ゴッホはかなり不遇で、でも偉大な功績があって、だからこそ、その人生はいかほどのものだったろうと思うんだ。 とかくクリエイターは、早々に評価されず、または目をかけられず、種から花を咲かすまでに土を被されてしまう。 どんなにきれいな花を咲かせられる種でも、育てられる人がいなければ枯れてしまう。 私はよく、処女作の煌めきを考えて、世にどれだけの傑作が埋もれてしまったかと寂しくなるの。 処女作は、その人のこころを映すもので、その煌めきを受け止め、認める人が大切。 もちろん、数をこなせば技術は上がるけど、逆に小細工も上手くなる。 だから、いちばん最初の夢が持続できる
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