つなべ夏さん「おたまじゃくしの憂鬱」(完結編)

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つなべ夏さん「おたまじゃくしの憂鬱」(完結編)

 妄想コンテスト「演じる」で、見事に2度目の大賞を受賞されたつなべ夏さん。(「そのままで」https://estar.jp/novels/26024814)  前回、つなべさんの「おたまじゃくしの憂鬱」の、主に前編を中心にレビューをさせていただきました。  https://estar.jp/novels/26014097/viewer?page=5  今回は「後編」も完結されましたので、レビューのほうも完結させたいと思います。  さて、レディースクリニックで不妊治療のための「胚培養士」として働く中野優斗と須藤奈央の恋。二人は職場でも公認の仲になりますが、奈央はどうしても仕事で扱うSP(精子)がちらついて、「コイタス」(医療用語で「性行為」)に踏み切ることができません。そのなかで、中野が過去に、同じ職場の前川と付き合っていたということを知ってしまった奈央は、「コイタス」ができないコンプレックスもあいまって、嫉妬心にとらわれてしまいます。  前半に引き続き、どきどきはらはらの二人の恋のゆくえ。  それに加えて、後半では「胚培養士」というお仕事が、生命を扱うものであるがゆえの、独特の緊迫感がひしひしと伝わってきます。  作者のつなべさんだからこそ描くことのできる世界であるとも言えますが、それをとくに強調した描写ではないにもかかわらず、読者にしっかりと伝えていく文章力が素晴らしいです。  物語を追うと、ネタバレにもなりますし、むしろつなべさんの心地よい文章の世界で味わっていただきたいと思います。  私からは、二度目の今回、つなべさんの文章センスの良さをぜひつけ加えたいと思います。  とても読みやすい文章であると同時に、比喩や描写がさりげなく的確なのです。  少し引用してみましょう。 「─奈央。  名前を呼ぶ心地いい声は、いつでも耳で再生できる。その柔らかい声も、上下する喉仏も、骨ばった長い指も、細身の体とTシャツの間のゆとりも、首筋に顔を埋めたときのにおいも、奈央を抱きしめる温もりも。細かいところをあげればキリがないほどに好きで、好きで。」  奈央が優斗を好きで好きでたまらない気持ちがあふれるように伝わってきます。読者はどうしてもこの恋を応援したくなりますよね。  また、「意表をつかれ、あいさつが口の中でつまづいた。」との秀逸な比喩。  かつてつきあっていた中野と前川の現在の関係を表す次のような表現。 「過ぎた時間がもたらしたのか、それとも東京の不思議な空気のおかげなのか。こびりついた過去は、いとも簡単に水に流された。だけど、信頼だけは、ちゃんと手元に残っている。心が軽くなる。」  物語のはらはらどきどきに合わせて、ぜひ上のような抜群の文章センスも味わっていただきたいと思います。 おたまじゃくしの憂鬱・後編 https://estar.jp/novels/26003578
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