つぶやき一覧

こちらの作品、週末になるとたくさん読んでいただける傾向があり、ありがたくも興味深く感じております。 https://estar.jp/creator_tool/novels/25701730 本棚追加、スター等、とても嬉しいです。 いつもありがとうございます。
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webに身を置いているのに矛盾しているかもしれないが、ここ20年くらい、音楽も文学も「消費」される速度が増した気がする。誰もが発信できるからこそ、膨大なコンテンツが生まれ、消費され、そして消える。 音楽は耳に心地よくフックとなる単語さえあればバズる。文学もまたしかり。 数年後、数十年後、振り返ってまた聴きたくなる、あるいは読みたくなるほど人の心に残るものは果たしてどれだけあるのだろうか。 無名の小説から着想を得て楽曲を作るスタイルで人気のユニット。楽曲そのものや歌詞の置き方はなるほど、人の心を捉える魅力を持っている。しかしその原作小説とされたものを読んでみると、押し並べて小説というより印
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文学賞でデビューした若い新人作家が「賞を獲るまでは、無料投稿サイトや文学フリマとかで作品を掲載したり売ったりするつもりはなかった。人の目に晒せる文章と認められる方が先だった」という趣旨のことを発言していた。 確かにそれも一理ある。というかそっちの方がカッコいい。 が、もう若くなくて賞を獲るまで対策練ったりしてる時間も残りわずか、だったら商業的に認められなくても好きに書いてそれを喜んでくれる読者に届けることで満たされる人もいる。どっちでも好きにすればいいよね。
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応募しようとしていた公募の要項がなかなか公表されず、先日締切1ヶ月半前になって突如発表された。推敲の時間も考えるととても足りない。 公募に出すようになって、こういった、書き手を振り回すような事象が目につくようになった。そもそも、現役作家が審査員を、しかも複数の賞の審査員をしている点で瑕疵がある。作家は同業の、いわば競合する人間であり、公平に審査できるか甚だ疑問である。実際、新人賞の講評を読むと、自分の作品でもできていないような点をあげつらって辛辣に語っている例が多く、呆れるより笑ってしまう。それならばまだ、本好きの芸能人に審査させる方がましだ。 公募の審査員は、編集者か文芸評論家で行うべきだ
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ふだんは、字数や内容、使用ワードなど制限のあるなかで書く仕事をしている。だからプライベートでは自分のために自由に書きたいものを書こうと思ってweb投稿サイトで書き始めた。とても楽しかった。 やがて、作品を公募やコンテストに出し始めるようになった。字数やコンテストのテーマ、公募の傾向などに合わせて書いていく。それはそれでいい訓練にはなったが、すると、PV数や読者の反応の少なさ、選考の落選に落ち込むようになった。人と比べるようになった。何かにおもねるように書いていて、楽しくない。人気作の傾向を分析して書いてみると、やはり反応がいい。でもやっぱり、楽しくない。これじゃ結局、仕事と変わらない。 初
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