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‡ 知りたい ‡

 
結局その日、真佑巳からの連絡はなかった。

次の日も。

そして、クリスマスイヴの夜になった。


直子は渡部くんとムーディーな夜を過ごすと言って、さっきめいっぱいのお洒落をして出かけて行った。

出がけに『真佑巳くんに連絡入れてみなよ』と言ってくれた。

今日は確か真佑巳は通常勤だから、6時には仕事終わっているはず。
今、7時半。

少しずつ苛々がつのってくる。

「明日詳しく話すとか言うなよな。明日っていつだよまったく!」と毒づいてみる。

虚しい……。
8時になったら連絡してみよう。3日も待ったんだ。

──でも、なんかシャクだな。

そう思いながらカレーを温め始めた時だった。
テーブルに置いた携帯が鳴った。

──真佑巳だ。

早く出たいくせに、わざとゆっくりガスコンロのスイッチを止めてから通話ボタンを押した。

そして、素っ気なさを装って返事をする。

「はい」

『あ、アキラ?
わりぃ。ずっと連絡できなくて』

できなくて、じゃなくてしなかったんだろ!?って突っ込みたくなる。

やだな。
イヤな女になりそう。
絶対なりたくない女に。


「……珠希って人のトコに戻ったのかと思った」

  

2

 
『本気で言ってんの?』

真佑巳の声が尖(とが)る。
やばい。怒らせた?


「……本気じゃないよ」と小声で否定する。

『今から逢えるか?』

「いいよ」

『じゃあ、30分後。そっち行くから待ってて』

「わかった」


電話を切ったあと、身仕度を整え軽く化粧を直して真佑巳を待った。
これから珠希と一戦交えるような気分だった。




「カレーの匂いがする」

ドアを開けると、開口一番真佑巳は言った。

相変わらずいい男だと他人事のように思う。
この唇が私に『好きだ』って言ったのに、まだ現実感が薄い。


「匂う?」

「これからメシだった?」

「電話もらったとき、ちょうど食べようと思ってた。
直子は渡部くんとクリスマスデートだから一人淋しくね」


──あぁ。まただ。
言わなくてもいいことを。

「じゃあ、ちょうどいいじゃん。ご馳走してよ」

「は?」

真佑巳は私の嫌味をさらりとスルーした。

「どうせ、直子さん食べないんだろ?
カレーを一人分しか作らないってことはないよな?」

「いや、だって……ホント、カレーしかないよ?」

「白飯はあるんだろ? お邪魔しちゃいまーす」

「あ、ちょっと──」

私を押し退けて、真佑巳はさっさと部屋に上がり込んでしまった。
 

3

 
「アキラの部屋、お初だな」

「二人の部屋だけどね」

「ふーん。こざっぱりしてる。いいじゃん」

真佑巳は居間をぐるりと見回して、ニッと笑う。

「二人ともそういう性格なんで」

「納得」

「適当に座って」

「おう」


自然に振る舞うのがしんどい。
この男、女の部屋に入るのも慣れてるんだな。
こっちはめちゃくちゃ息苦しいってのに。


カレーを温めて、卵があったから半熟の目玉焼きを作る。
卵は半熟にこだわる私は、じっとフライパンの前に陣取っていた。


「エプロンとかしないんか?」

「わ! びっくりした」

いつのまにか、真佑巳が横にぴったりくっついている。

「うまそう」

「どうかな。保証はしかねる」


ずるいよ、真佑巳。
普通じゃん。
連絡を待って悶々としていた私のあの重たいだけの時間を返してよね。


お皿にご飯をよそってカレーをかけ、目玉焼きをそろそろとカレーの上に乗せる。


「おぉ! 素晴らしい」

パチパチと拍手が起こる。
真佑巳はいそいそとお皿を運んで行きながら、「何でもいいから飲み物くださーい」と、こっちを振り返った。

なんかテンション高いな。
逆に不安なんだけど。
 

4

 
冷蔵庫から福神漬とニンニクの漬物と、クーラーポットを取り出す。
ウーロン茶はいつでも作ってある。


「いただきます!」

手を合わせて、真佑巳はカレーを頬張った。

「うん。美味い。
アキラの初手料理はカレーね。憶えとく」

「いいよ、忘れて。カレーなんか誰でも作れるし」

「ばっかだな。
アキラがオレと同じ材料とルーを使って同じように作ったって、絶対同じ味にはならないんだぜ?
これは、アキラのカレー。
美味いよ」

「ふうん……。そういうものか」

「そういうもの」


普通に感心してしまった。
そして素直に嬉しかった。

真佑巳のペースにすっかりはまってしまってる。





「はぁ。ごちそうさん。美味かった」

「ありがと。コーヒーいれようか?」

「あ、アキラのココアが飲みたい」

「へいへい」




お皿を片付けて、ココアを作り「どうぞ」と真佑巳に手渡す。

真佑巳はこの前みたいにカップに何度も息を吹きかけてから、ごくんと一口飲んだ。

「うーん。やっぱり美味いね」

「そう?」

「うん。ホッとする」

真佑巳は本当にほんわかした表情をした。
私の作ったココアが、真佑巳をこんな顔にできるんだ……。
 

5

 

しばらく無言でココアを飲んでいた。

そのあいだ、私はちらちらと真佑巳の顔色をうかがう。

真佑巳の表情が少しずつ真剣なものになっていく。
私の鼓動が早くなる。


「アキラ……」

──きた。

おずおずと上目遣いに真佑巳を見た。

「オレ、どこまで話せばいい?
このあいだの女……その……珠希のこと。
どこから何をどう話せばいいのか考えてたら、どんどん解らなくなってさ。
つい電話しそびれた」


真佑巳は申し訳なさそうに眉を寄せてうつむく。

──どこまでって……。

そんなの考えてないし。
真佑巳から話してくれるもんだと思ってたんだから。


「アキラから聞いてくれ。
何でも答えるから」

「そんな。ずるいよ」

「だってさ、アキラが聞きたくないことまで話す必要はないだろ?
オレの中では終わったことだったし。
だから、アキラが知りたいことだけ聞いてくれ」


「……」

私が知りたいこと?
私は、真佑巳とあの珠希ってコの何を知りたいんだろう?

「……ちょっと待って。考えるから」

「いいよ。ゆっくりで」


真佑巳は乗り出していた身体を引いて、じっと私のことを見ていた。
 

6

 
──渡部くんに聞いたこと、話しても平気かな?
私の代わりに確かめようかって言ってくれたんだし、迷惑はかからないよね。


私は真佑巳と視線を合わせた。

「あのさ……珠希ってコのこと、渡部くんに聞いたんだ」

「……そうなのか?」

「ちょっとだけだよ。
半年前まで付き合ってたってこととか」

「そうか」

「好きだった? 彼女のこと」

「その時はな。好きだと思ってた」

真佑巳はためらわずに答えた。
回りくどいのは嫌いだから私は率直に聞いた。

「半年前に別れたのに、彼女……今頃何を言いにきたの?」


「繁規にどこまで聞いた?」


「……彼女は職場の同僚の妹で、彼女のほうが真佑巳を気に入って付き合い始めたのに、一方的に別れるって言ってきたって。
それだけだよ」

「……そうか。
なんかアキラの口から聞かされると、オレってすげぇ間抜けな男に思えるな」
  
「なんでよ?」

真佑巳の自嘲的な笑みが、私を慌てさせた。
真佑巳は自意識過剰なくらいが真佑巳らしいから、へこんだりしてほしくない。
  
「わけ解んない理由でサヨナラって勝手にいなくなって、今度はいきなり謝ってきた」


 

7

  
「謝ってきて、それで?」

素っ気ない私の問いに、真佑巳はぐっと喉を鳴らして言い淀んだ。

──続きは容易に想像できるよ。

私の車の横で、真佑巳の腕を思い切り引いた時の珠希のあの顔。

必死に媚びて、すがりついて、女を全面にアピールしていた。
嫌悪を覚えた。


真佑巳はまだ黙っている。
だから私が言葉を引き継いだ。
わざと抑揚を押さえ、ゆっくりと。


「……一方的に別れるって言ってごめんなさい。
離れてみたら、やっぱり私、真佑巳のことが大好きだったんだって気付いたの。
忘れられなくて苦しかった。
もう一度やり直してくれない?──こんな感じ?」


真佑巳は目を見開いて私を凝視してる。
あーぁ。大当たりか。
なんか……有りがちすぎて拍子抜けだ。


「そうなんだ? いいよ。私のことは遠くに置いといて。
真佑巳の答えを正直に話して。
喉乾いちゃった。コーヒー入れてくるね」


真佑巳が気持ちを整理できるように、私はその場を離れた。


──真佑巳はあのコになんて答えたんだろう?


付き合っていた時、真佑巳は珠希が好きだったんだ。
真佑巳から嫌いになって別れたんじゃない。

涙をうるうる潤ませて懇願されたらどうだろう?

  

8

 
真佑巳は基本的に優しい。
たぶん私より何倍も優しい。

彼女に対してもう愛情はなかったとしても、やり直したら案外うまくいくかもしれない、なんて考える気がする。


さて。
腹をくくるか。

まだ私たち始まったばかりでよかった。


湯気のたったカップを両手に一つずつ持って、居間に戻る。


真佑巳は所在なげにテーブルの上の梅しばの袋をいじっていた。


「はい。お待たせ」

「おう。サンキュ」


「……あと私が聞きたいのは、真佑巳がどう答えたのかだけだよ」

私はそう言ってコーヒーをすすった。

真佑巳もゆっくりコーヒーを飲んで、カップを置く。



「珠希とはもう戻らない」


硬い声で真佑巳は言った。

──え? 嘘。


不謹慎にも、私は心の中でそうつぶやいた。


「あいつは誰でもいいんだ。

泣いてたけど、オレを思っての涙じゃない。

昔のオレならあんな涙見たらクラッときて、部屋に連れ込むなんてアホなことしてたかもしれないけどな」


「誰でもいいんだってどうして解るの?」


「あいつと別れた理由はな……あいつがオレの同僚に乗り換えたからだ」

「嘘ッ──」

今度は口からついて出た。
──乗り換えるってなんだ?
車じゃなくてさ、人だよ、人!
 
  

9

 
「オレも昔はほんっと適当に遊んでたからな。

そんなもんかって思ったよ。
楽しくなくなったら別れる。
もっと楽しいはずの相手を探す。
それでまた楽しくなりゃいいと思ってた。
実際、別れることなんて屁でもなかった」


「彼女もそうだってこと?」

「オレなんか次の相手が見つかるまでの繋ぎだよ」

「どうしてそんなふうに考えるかな?
付き合ってた時は好きだったんでしょ?
真佑巳が選んだ相手でしょ?
彼女だった相手をそんな軽薄な女みたいに──」


「なんなんだよっ?
おまえ、あいつの味方すんのか!?」

「なんで私が怒られるわけ?
単純に知りたいだけだよ!
好きだった相手をどうしてそんなふうに言えるのか」

「好きだと勘違いしてただけなんだよ!
本物の『好き』じゃなかったんだ。

それが──アキラと付き合ってみて解ったんだよっ!」


「…………」


あんぐりと口を開けたまま固まった。
それって──。


真佑巳が身体を伸ばして私の手を引いた。
強い力に逆らえず、前のめりに真佑巳の胸に顔から突っ込んでしまう。

「ぶっ──」


「……アキラに悪くてさ」

優しい声が降ってくる。
  

10