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第五回 氷室冴子青春文学賞
 この賞では、作者のかたのことはほんとうに何も知らずに選考しています。  何県の何歳のひとで男性か女性かどちらにも属さないひとか、応募歴どうこう、とか、なにもなしです。ただ、作品と、タイトルと、ペンネームだけを材料にして、読みます。  なので、授賞式で、ワタシたちが激論した作品を書いてくださったご本人を知ることができるのは、とてもうれしく、ドキドキな体験です。  今回までの受賞者はみんな女性ですが、これは、けしてわざとではないのだと声を大にして申します。  男性をさけているわけではありませんし、年齢制限もしてません。      絶対評価をしつつ、たまたま同じ時に最終選考に残ってしまったほかの作品との相対評価も避けられません。  なので、ほかの応募作と ぜんぜんちがってる ものが書けると有利です。  女性が書かないようななにかが、そろそろあっていいころかと。  エブリスタのフォーマットに載せられないと応募できないので、ネット環境につよくないと応募しにくいかもしれませんが。氷室冴子さんが応募した時は、原稿用紙に手書きでした。  あなたの生原稿をデータにしてくれる誰かをみつけてでも、ぜひ、チャレンジしてください。  引っ込み思案なあなたの作品を、エブリスタの土俵にあげてやってください。  さまざまな年代のさまざまな境遇のかたから、ますますどんどん応募していただけたら嬉しいです。 (審査委員長:久美沙織)
久美 沙織(くみ・さおり)
前髪ぱっつん
 ワタシこのお話好きです。相馬モテ男や底辺三人組の日常などの等身大のエピソードの抽出力がいい。信じてはいけない江内のキャラ設定も秀逸。長い前髪が黒目がおおきすぎるせい、というのも、印象的。おばあちゃんも、それぞれの兄や姉や妹も、リアルに魅力的でした。  普通、このくらいの分量の短編では、含まれる時間がわりと短いもののほうがうまくいきます。高校生が小学生のころからのあれこれを回想しながらの話は意外と難しいものです。じめじめしたり、くどくどしたり、陰にこもりすぎたりして。  なのに、これは、読みやすく、読ませる。うまさだと思います。えみも梓亜ちゃんもずっしり自分を持っていて、イヤなことやどうでもいいことはスルーできる強さがある。暗く、おちこみたくなるようなこともいろいろ出てきますが、戦うのでもなく、負けるのでもなく、あきらめて泣くのでもなく、サッとかわして次にいってしまうのが良かった。なんとなく西加奈子さんっぽい感じもするなぁと思いましたが、どうですか。 「ただべらべらしゃべるより、考えながらしっかり話す前川さんて、すごい」  この場面、このセリフを読んで、しあちゃんに惚れてまうのはワタシだけではあるまい。  だからこそ、なんだかそのころとは違ってしまった「いまのしあちゃん」とどう折り合いをつけていくのか、えみに寄り添って心配になり、どんどん先が読みたくなりました。お笑いに行くことになる流れ、江内の脱落、源の助力、ネタはめっちゃ内輪、ぜんぶ好き。前髪ぱっつんで、目の前があかるくひらけていく感じも好き。おんながおんなに惚れている、惚れられてるのにハグして縮まらない、横に並んでおそろいぱっつんで堂々と舞台にたつ、痛快シスターフッド冒険譚。  ああ『成瀬は天下をとりにいく』がなかりせば……!  
美術室の亡霊
 冒頭数行の表現が素晴らしかったです。オンビキの使いかた、わざとひらがなで書く、など、鋭いキレ味があり、リズムもよく、このひと相当うまいなと思いました。 話主で主人公の由香と、同属性(女子高生)の複数キャラをいきなり登場させながら、どの子が何という名前でどんなコなのかを短い分量でちゃんと把握させます。スキル高いです。  いわゆる亡霊を見て、「なんて美しい」って陶酔し、なのに、さっと我にかえるあたりの展開も良かった。   あとが惜しい。  進藤まゆ、幼馴染にしないでほしかった。誰がはいってくるかもわからない学校の美術室で裸になって自分のからだになんか描いてるひとですよ。一瞬でタダものにしてしまってはもったいない。いったん、謎めかしましょう。神格化しましょう。あなたが世界一美しいと思う女優さんを思い浮かべてください。そのひとが目の前にいる。呼吸して動いてる。そんなふうであってはじめて、おばさんのデッサン教室でくりかえされる「ありのままがいちばん美しい」をつねづね欺瞞だと感じているという由香の心情が、生きてきます。  おかあさんが理解がない、おしゃれってものがよくわからない、なにしろ自分に自信がない……もろもろ迷子でネガティブな由香が、同世代の生きた美の化身を目の当たりにしたことで、どう変わるのか。読者はそれを期待します。進藤と、どんな話をするか。それによって、由香は、おかあさんや冒頭の女子たちに対する態度をどう変えていくか。  そもそも進藤ははたして何者なのか。才能に恵まれたアーティストなのか、ただの不思議ちゃんか、由香の気の迷いと光のマジックかなんかの見せた錯覚にすぎなくてやがて偶像破壊される凡人か。そのへんのミステリ―とミスリードと匙加減でどんなお話になるかどうおもしろいかがいくらでも変わってくるのでは。  いまどき、どこの巷にどんなものすごい天才野良神絵師がいてもおかしくない。素ではたいしたことないけどちょっと磨くと世界級にスーパー美しいひとになる誰かだってありうる。視覚は受動的で、見た目の「きれい」「すごい」「ステキ」は、伝わりやすいものです。しかし、小説で、文字のちからだけで、そのような「ハッと目と心を奪われる体験」をさせるのは、むりです。読むのは主体的にすることで、読み手のスキル依存も大きいから。でも、あなたの書いたなにかを読んだ誰かが、「それ、こんなですか?」って、思わず絵にしてしまうようなもの、なら、書けるはず。とりあえず、そのへんを目指してみてください。
けものと花たち
 ひとよりちょっとだけ毛深いさなみちゃんの悩み、これまたルッキズムについてのお話でした。毛とか肌とか清潔感とか、小学生女子には致命的問題で、なのに、おとなは、おかあさんは、まだ子供なんだから色気づくのは早い、おしゃれにお金をかけるなんて以ての外、っていう。  あれはですね、母親になってわかりましたが、こちらはガチで老眼で、ふつうの距離でそんなに明るくない照明だと、産毛の細かいのとかほんとに全然見えないんです。目にはいらない。そんなもん気にするのは気にしすぎだとつい思う。  しかし、思春期は発情期ですからねえ。対人距離近いし、聴覚のモスキート音と同じで細かくても薄くて暗くても見える。味や匂いについても、感度高い。親や先生に見えなくても、めだって感じられなくても、同級生はとうぜん見えるし評価する。群れのほかの個体の状態は把握しておきたくてセンサーはたらいてる。気にしないのはガサツと感じる。その差が悲喜劇になる。というあたりを、子どももおとなも互いに認知して理解する必要があるでしょうなあ。  というわけで、多くの共感を得そうなテーマでしたが、いかんせん、話が閉じすぎ。まさに近視眼的なんです。  ちょっと顔をあげて、なんならつまさき立って背伸びをして、もう少し向こうまで、ぐるっと見てみませんか。  世界には、ムダ毛どころじゃないことがたくさんおきている、ということに、まず気が付いて欲しい。  そして、いろんなひとがいる、ということにも。  たとえば、うまれつき無毛なひととか、アルビノなひととか。小児ガンで、放射線治療の副作用で、毛がぬけちゃうひととか。  そういう誰かに出合ったら、さなみはどう思う? もしかして、うらやましい、ワタシもガンだったら良かったのにって思う? そしたらおかあさんも、高いシャンプーだって買ってくれるかもしれない、コドモだから我慢しなさいって言われないかもしれない、だってワタシは何歳まで生きるかわからないから、とか、思ってみたりする?  文化圏の違いもあるよね。世界には髪を隠さずに外出したら拷問されて殺されるかもしれないところもあるし、ワキゲもヒゲ(ロシアあたりでは女子にもふさふさはえるらしい)も乳首のかたちもたとえ若い女の子でも隠さずナチュラルにしてるほうがあたりまえのところもあれば、赤ちゃんからピアスしてるのが普通な国も、お化粧感覚で整形する常識もある。いや女子とつい言ったけど、男子でもいまや脱毛あたりまえな世代、ありますからね。  カミソリの発見で幕引きはあまりにもいただけなかった。そもそも脱毛業界ではカミソリの地位は低いよ。理髪店でプロにやってもらうのならともかく、自己処理は肌によくない。いっそ脱毛の現在について、さまざまな方法について、くわしく調べて読者に学ばせてさしあげるくらいのものにすればよかったのに。カリスマエステティシャンを目指してる外国ルーツの誰かと偶然出会って仲良くなって、次から次に目からウロコが落ち、おかあさんにブラジリアンワックスをやってあげたりとか、してほしかったなあ、と、思ってしまいました。
愛ちゃんのモテる人生
 ごめんなさい、ほんと申し訳ない、ワタシちゃんと読めてないかも。いろいろ読み間違えてるかもしれないです。  イケてない選者&読者認定されそうで怖いんですが、正直なところを申します。  まず、性的マイノリティ当事者で、しかもSNSでそれらについて話したり他人の相談にのってあげたりしている主人公の「性癖」や、やたら屈託のない物言い、おおげさなほどの自信のありようが、既存のドラァグクイーンっぽすぎるところに、強く違和感を持ちました。ドラァグクイーン的なふるまいやしゃべりかたというのは、観客あっての演技、シゴト上商売上の仮面であって、みせたくないなにかを隠すものです。誰にもみられていない楽屋とか私生活ではそれらとは違う一枚はがれたあとの素があるはずなのに、愛ちゃんは、配信と地の文で全然キャラかわらないので、素顔が感じられませんでした。  特にはじめのほうなんですけど、おおぜい登場するおりおりの恋の相手がモブっぽいというか、いかにも典型的役割消化キャラなのも気になりました。はじめて読んだ当初は、時間が経過していることが感じられなかったので、短期間によくこんなに次々に相手が現れるな、このフィールド、モンスターエンカウント率高すぎじゃね? と感じてたら、あとのほうで、24歳になっていて、えっいつの間に? と、とても驚きました。だったら配信の形態とか、使うガジェットが、もうすこし変化していないとへんじゃないですか? 若者のはやりすたりって、すごいくるくるかわっちゃうものだし。  何年もたってるのに、いろんな恋人と過ごしてるはずなのに、夏休みもクリスマスも初詣も描かれていないのも気になりました。クルマとか、室内のシーン多すぎ、閉鎖空間すぎ。配信の動画?が、そもそもだんだん描かれなくなりましたが、これはコンスタントにときどきはさんでおいてくれたほうが良かったように、ワタシは感じました。動画の視聴者さんたち、愛ちゃんのファンたちがどこかにはいるはずなので、間遠にするならするでそれに対する反応がきてないとへんだし、やめるならやめるで、けじめの配信をしてほしいのでは。  そもそもその配信が、ワタシにはうまくイメージできませんでした。ただ愛ちゃんがアップでしゃべってるだけに見えるし、画面に動きがないから、ラジオかポッドキャストのよう。愛ちゃんのルックスにいやされるファンが多くて、とにかくニコニコなんかしゃべていればいい、みたいなことかなあ。  やっぱロンドンにいって、「はーい、ここがピカデリーサーカスだよー」「カムデンタウンのマーケットに来ていまーす」とか、やって欲しかったなあ。ニューヨークいって、「これがヘドウィグの生まれたナイトクラブですー」とかね。  最終的にタロちゃんとsexする関係になりますが、それがねえ、ごめんね、ハッピーエンドだとは、ワタシにはどうしても思えなくて。イケてない読者でほんとうにすみません。近親相姦で小児性愛だと感じてしまうし、好きだったら、可愛いと思ったら、性的に結ばれないと満足できないのかなあ、そうじゃないと仲良しでいられないとしたら悲しい、って思う。愛と性にはいろんなかたちがある、っていうのが、この小説のテーマのひとつだけども。 「お前はまだ隣のおかしな連中と付き合ってるのか」 「おかしいのはうちだろ」  このやり取りはとても良いなと思う。それだけに、おかしい父に、自分のおかしさを自覚して態度をあらためる、せめて、愛ちゃんとママにいままでありがとう、ウチの息子をいい子にしてくれてありがとうって感謝をするところまで、覚醒するオポチュニティをあげて欲しかったです。
やさしい雪が降りますように
 すごい好きな作品でした。  傷ついた家族を描きながらも、根底に明るいユーモアと希望があるのがまず素晴らしい。  性暴力を題材にしながら、エロでもなく、復讐でもなく、被害者はどう生きればいいか、被害者の家族や恋人はどうすれば救えるか、救われるかを真剣に考えているのが偉いと思いました。  登場人物みんないいですが、なかでも森沢がとても良かった。賢い血族のなかの、その中ではちょっとダメな次男坊。ケイティとともに、「がまん」することを知っている側の“突起物を持った生き物”がちゃんといてくれて、救いになりました。男女に友情の成立していてほっこりほのぼのした空気がながれているのが、『ホリミヤ』みたいで好き。  うならされたのが、瑠璃菜の大学生の彼とはじめて会うシーン。初読のときは、性的関係にあるカップルと一緒にいるのがしんどいから忘れ物したと嘘をついて戻った、と、読んでいました。選考会前に読み返して気がついた。違ったね。強盗事件という言葉のほうがトリガーだった。かもしれない。どちらともとれる。このトリックはおみごと。さらに続けて、場面に出すのが、男子四人、エロ雑誌。“誰も傷つかない”バカ話。森沢と“ふざけ具合がぴったり”インテグラル。ありおりはべり、いまだるい。「おれらそろそろつきあう?」この流れかんぺきです。  ラスト、北海道にいきなり飛ぶのに、やや面食らいましたけれど、ニセコスキー場と羊蹄山、壮大な景色の中に、じゃがぽっくる腕のおねえちゃん、泣けてしょうがなかったです。  ケイティがオネエのふりをするのはどうか、という意見もありましたが、ワタシには違和感ありませんでした。一条ゆかり『プライド』の池之端蘭丸ちゃんみたいなひとなんじゃないでしょうか。  もし単行本化するのであれば、ぜひ、犯人逮捕をお願いします。悪い奴がちゃんとつかまって罪を償う世界線にしたい。じゃないと被害者はホッとできない。なんか別の事件で逮捕されたひとの余罪を調べたら、とか。刑務所にボランティアでいって犯罪脳科学の研究してるひとが、偶然知りえて、ケイティごしにわかる、とか、ご都合主義的じゃないのを、ひねりだしてください。 斎藤 歩(さいとう・あゆむ)
前髪ぱっつん
 顔の外見的特徴に引け目を感じている高校生女子が、かつてクラスの人気者だったとある同級生との二人の漫才が成功してしまうという、意外な展開に驚きました。絶対に成功するはずないと思って読んでいたので、ちょっと呆れてしまって、痛快で、無防備でちょっと面白かったのですが、その漫才?物真似?がどんな力や色、テンポを持ったものなのか? どれほど閉じたものなのか?(学校の先生の物真似は、どんな学校にも得意な生徒がいるもので、他に流通しないネタ)M1グランプリに挑戦したところで勝ち目がないほどのネタだと思うし、この世界がいかに閉じているかに気づいてくれるところまで行ったら面白かったのに。  かつてクラスで人気のあった同級生が、高校生になって薄暗く、クラスでは一人他者を閉ざした人柄に変容してしまっているその理由は明かされない。そかしその同級生がスーパーウーマンとしての力を発揮して学園祭で漫才を一緒に演じてくれる都合のよさ。主人公も、突然の配役交代に応じて、たった二日で漫才の舞台に立つ。そう言った進み方がいくらなんでも乱暴すぎる。  でも、ちょっとだけ、この乱暴さと、スピードが面白かったんです。  
美術室の亡霊
 高校生女子が上半身裸の裸体に赤い絵の具を塗る、一見、印象的な絵が頭に浮かぶが、「シャツがはらりと落ちる」とか、このあたりの描写が演出過多なのはなぜだろう? と感じ違和感を持った。何か文章の手触りに既視感があって、既存のイメージや言葉で書かれているのではないかと感じてしまいました。  夕陽の差し込む美術室で、一人、自らの裸体に赤い絵筆を這わせるということを記述するなら、既視感のある表現でなく、この作家のオリジナルの言葉で紡いでみたらどうなったのか? また、白い肌に赤い花というイメージすら、手垢にまみれていないだろうか?  女子高生のクラス内での仲間たちとの駆け引き、いじめ。他の作品でも書かれていたが、これはそんなに興味深いのだろうか? この部分の描き方にかなりの力点が置かれている作品が他にもあったのですが……。  美術教室を営む親戚のおばさんが登場したところで、何か、「亡霊」が美術室で人知れず自らの裸体に赤い絵の具で花を書く行為とリンクするような主人公の気づきや、ヌードモデルを体験することでの成長など、美術室での出来事と関連した何かを期待したのですが、そうではなかった。  終盤で主人公が自らの肌に書いた絵の具をこそぎ落とす表現は、痛みやヒリヒリした肌感覚を呼び覚まされ、期待をしてしまったのですが……。
けものと花たち
 自身の体毛の濃さに引け目を感じる小学生女子が、「かみそり」の存在を思い出したことで「花に似るすべを知った」という結論にがっくりと膝を折りました。  ひとつひとつ、かなり慎重に書かれているように思えるのですが、どれほどこの作家さんにとって切実なのか?  何故か、リアリティが感じられない。そのため、興味をそそられて読み進められず、かなりの労力を要しました。学校内での人物の相関関係の変化や勢力図の在り方も、ありがちで、意外性に乏しく感じました。登場する大人たちもまた、描き切れていないのか、記号として都合よく配置されているだけのように思えました。  「花」という言葉に対する概念に、この作家にしかない、人にはなかなか理解できないイメージのようなものがなければ、この人ならではの作品にはならず、「AI」でも書くことのできる作品にとどまるのではないでしょうか。  気になった記述がありました。「十二月に入って最初の週末。」から始まる、母親が庭の物置をひっかきまわしながらスノーブーツを探している場面で、「ちょっとこれ洗面所に持ってって」と、『透明な洗面器』を渡された主人公は、母親との会話の後、うんざりしながら「洗面器の表面の傷を指でなぞりながら」洗面所へ歩いて行くのです。この「透明な洗面器」や「表面の傷を指でなぞる」ということに、かなり興味を持ち、これがきっと後ほどの何かにつながるのかと期待をしたのです。全く分からないし、かなり具体的で、ザラザラとした手触りや、透明なのにちょっと曇っているプラスチックの質感。とても気になって期待したのですが、洗面器は二度と出てきませんでした。
愛ちゃんのモテる人生
 自身の性自認に不都合を感じている若者が、次々にモテてしまう。3段階にモテてしまった結果、裏切られる。かなり巧みで、上手に書かれているのですが、何故か好きになれず、それがなぜなのかをうまく言葉にできないまま審査会を迎えました。審査会で他の委員の皆さんのお話を伺い、少しだけ言葉にすることができた気がしています。  お父さんを都合よく癌で殺してしまうあたりが、やはり気に入らないのだと思いました。  この、どうしても理解をしてくれない「父」という存在のわからなさ。この父親を何故存在させ続けられなかったのか? 何故、このわからなさや、理解できない大きな石を置き続けられなかったのか?  ゲイコミュニティの事とかよく調べてあるように見えるんですが、実際にそこに立ち入って取材していないのではないか?  一人一人事情も匂いも色も形も大きさも、デコボコの具合も、心や体の襞のただれ方や整い方が違うはずで、もっともっと具体的で他者とは異なる個人であるはずなのに、「こういうタイプの人」という乱暴で一般的な区別をされた「キャラ」と呼ばれる設定にとどまっている気がする。  これは最終候補5作品に共通して感じたことだが、「キャラ」では小説も戯曲も書けないと私は思っている。「キャラ」を上手に配置して入れ替えて、プロットを構成して、「伏線」を上手に忍ばせて、「回収」する。そんな手法が露に見えてしまうと「上手い」とは感じるのですが、「面白い」とは、私には思えない。上手なことと面白いこととは違うと思うんです。  生身の人間を、他人には絶対に踏み込めず、わかりきることなどできない人間を、やはり描かないと。  とはいえ、他の委員の皆さんも気になった作品だったようで、この作品についての議論に費やした時間が最も長かったし、言葉を尽くしてくださったように思います。
やさしい雪が降りますように
 自宅で暴行を受けた家族(姉)と妹(主人公)、父や母、そしてその家族に寄り添う隣人、近所のトランスジェンダーの人物。ネグレクト被害に遭っている児童。登場人物は実に慎重に配置されていると感じました。が、やはりそれぞれの設定が書き足りていないと感じました。もっと文量が必要な作品なのかもしれません。  CTU?など、あまりリアリティが感じられない設定もあり、表面的には興味深く読み進めることができました。それぞれの設定をもっと具体的で緻密に組み立てても、この作家さんにはこの展開を推し進める力があるのではないかと思いました。5作品の中で、私は最も可能性を感じた作家さんでした。  もっとしんどい作業を、もっと造形を、人物の襞の一つ一つに理由があり、他者には理解できない、その人に刻まれたことがらを深く描くことに挑戦して欲しい。  最後ニセコのスキー場で「お姉ちゃん」をすんなりと発見できてしまうあたりも、あまりに都合がよすぎるが、そこに見える風景の壮大さが私には想像ができたので、それもありかと思え、方向性は好きなんですが、もっと書いて苦しんでみて欲しいという印象でした。 町田 そのこ(まちだ・そのこ)
前髪ぱっつん
 登場人物それぞれが魅力的で、物語の底をしっかり支えていた。テンポがよく、また、主人公の気持ちが丁寧に追われていて読みやすい。魅せ方を分かっている方だと感じたので、これからの作品も楽しみ。  お笑いネタは扱いが難しく、読み手をおきざりにしてしまうことがままある。身内ネタでウケた、ということを描写するのなら、もう少し工夫がいると思う。  
美術室の亡霊
 自分に自信をつけるための魔法を捜している少女たちの焦燥はとてもよかった。ラストの場面転換は突然で乱暴さを感じたけれど、都合のいい魔法はないのだと絶望した己の過去を思い出した。うまい。  また、冒頭のシーンも読み手を引きつけるものだったと思う。しかし彼女がどうしてその場でそうせざるを得なかったのか、という理由が曖昧になってしまっていて、もやもやが残った。
けものと花たち
 細やかなエピソードの重なりは、忘れかけていた少女のころの痛みを生々しく思い出させてくれた。大人になるにつれて失った子どもの目線がしっかり描かれているからだと思う。その感覚はとても大事で見失いがちなので、今後も生かしていただけたらと思う。  生きていくため、花になるための気付きが「かみそり」だけでいいのか。もっと何か気付くための何かがあっていいのではないか。
愛ちゃんのモテる人生
 間違いにちゃんと気付き、糧にし、そして自分を大事にして生きている愛ちゃんがすごく魅力的だ。その姿に励まされるひとがきっといると思う。愛ちゃんよ、これからの人生も豊かに生きていってくれー! と願う(願わなくともきっと大丈夫だと思うが)。  人物たちの生きる世界がどこかぼんやりしているので、周囲の匂いや温度、風景を描くとよりよくなると感じた。 愛ちゃんを世に送り出すお手伝いができて光栄です。大賞、おめでとうございます。
やさしい雪が降りますように
 どうして彼らはユーモアを必死に纏おうとしているのか。ちらちらと影を感じさせながら不穏に進んでいく様子は、読み応えがあった。そんな中で主人公と森沢の微妙な距離感はキュンとした。  問題が多く、いまの文字数では消化しきれていないので、主軸を絞るか、もっと丁寧に書き足す必要があると思う。また、ラストは不安を残しているため、もう一考してほしい。  今以上に良いものになる可能性をふんだんに秘めた作品だと思う。 柚木 麻子(ゆずき・あさこ)
前髪ぱっつん
 輝いていた親友に生きる活力をとりもどさせようとする、視線が優しい、とても応援したくなる物語です。ただ、その手段であるお笑いがモノマネ中心で、ネタが読者によくわからない、全体的に会話も少ないので、親友の面白さやセンスが、つたわりづらいのが難点です。  爆笑するようなプロのネタは必要ないので、クスッとさせるようなギャグやちょっとした表現をいくつか用意するだけで、格段に良くなると思いました。仲間内だけにしか伝わらないような面白さだとしても読者を巻き込んでしまえれば十分です。  
美術室の亡霊
 主人公だけが、目立たない子の周りが気付かない才能に惹かれる王道の物語(私は大好きですが)かと思いきや、なんとそこをバッサリ否定してしまう。全て洗いながして、自分自身にたどり着く。その勢いと勇気に衝撃を受けました。  まだ見たことがないヒロインが生まれる予感で終わってしまうのがとても惜しい。この発想を大切に、憧れた存在の否定からスタートする長い物語を読ませていただきたいです。
けものと花たち
 抜群に上手くて、小学生の人間関係の緊張が蘇りました。作者が完全に小学生の感情に寄り添い、大人視点での希望的観測や「こうであってくれ」をいっさいはさんでいないからこそ、キリキリさせられ、読者も引き込まれます。  ただ、ラストのカミソリが、小学生視点ならこれが希望だと思えるのですが、一つの物語として俯瞰した時に、毛深さを克服する着地、つまり既存の価値観を強化するに留まるところが、この筆力に対して勿体無いと感じられます。この当事者視点は他にはちょっとない説得力なので、ここをキープしたまま、ぜひ、多くの人が読み終えた時、目の前のルールに疑問が生じるような、いわば、景色がほんの少し変わるようなうねりや着地を用意してもらいたいと思いました。誰も読んだことがない物語が書ける方だと思います。
愛ちゃんのモテる人生
 セクシャルマイノリティも小さな子どももとにかく不幸にならないハッピーな物語です。このタッチとこのキレのヤングアダルトは日本でまだ読んだことがありません。多くに必要とされる物語だし、十代の読者にとってのライフハックとなりうる小説です。数々のアイテムやキーワードを作者が完全に自分のものとしている印象があります。冷笑的な視点がないのも新しい。  ただ、差別者の描写が浅いかな、という気はします。差別される描写よりも、幸せになっていく描写が多いところがこの作品の美点なので、ネガティブな場面は増やさなくてもいいから、少しだけ深掘りして欲しいです。生活描写、季節、におい、温度、手触りが伝わるとさらにいいと思います。愛ちゃんの人生をさらに知りたいと思わせるのは、この作品の力です。  氷室作品に通じる、楽しい人生への圧倒的肯定に溢れているところが、受賞にふさわしいと思いました。
やさしい雪が降りますように
 辛い経験は、幸せな経験や時間が解決する。ラストの雪景色の大団円に対して、扱っている暴力事件の数がおおすぎるような気がしました。  セクシャルマイノリティ、身体に関することなどについての描写やセリフにも、私はかなり疑問があります。ケイティは愛すべき人物ですが、被害者のためとはいえ、マジョリティがセクシャルマイノリティのフリをして、時がきたら戻るくだりにも引っかかりがありました。ただ、筆力のある方ですから、もっと枚数があれば、それぞれの物語をもっと書き込んで、読者をさらに納得させることが可能と思います。  性暴力に対して断固戦っていく意思を最後まで貫き、絶対に姉を幸せにするぞ、という熱さがあるところはとてもいいと思います。
・応募期間:2023年3月1日(水) 12:00:00 ~ 2023年7月2日(日) 27:59:59 ・最終結果発表:2023年10月予定
※楯はトロフィーに変更になる可能性があります。 ※受賞者は、2023年秋ごろに北海道岩見沢市で開催される授賞式に招待されます。  その際、新聞/雑誌/WEB媒体などのメディア取材が行われます。当日の写真が露出、掲載される場合がありますので、あらかじめご了承ください。 ※岩見沢にまつわる副賞:お米、農産物、ワイン、加工品など岩見沢の協賛企業からの副賞をご用意します。
集英社コバルト文庫を代表する作家であり、少女小説の分野で新しい世界観を提示した氷室冴子氏の功績を讃え、「氷室冴子青春文学賞」が創設されました。 このたびはその五回目となる「第五回 氷室冴子青春文学賞」を開催します。 本賞では「青春」をテーマにした作品を募集し、まだ発見されていない優れた才能を発掘します。
・選考の対象は、日本語による言語表現作品とします。 ・応募は過去に受賞歴、出版歴、書籍化予定がないオリジナル作品に限ります。ただし、エブリスタ主催の賞で受賞歴のある作品は、出版歴・書籍化予定がなければ応募可能です。 ・選考に関するお問い合わせには応じられませんのでご了承ください。 ※第三者の著者権その他の権利を侵害した作品(他の作品を模倣するなど)は判明した時点で応募が無効となります。 ※非公開設定している作品は、選考対象外となります。 ※応募はお一人様3作品までとなります。 ※エブリスタ内の公式コンテストや他サービス等に応募中の作品はご応募いただけません。
メールアドレスの受信設定について
選評の送付や書籍化の打診は、エブリスタに登録されたメールアドレス宛にご連絡いたします。迷惑メール防止の為にドメイン指定受信の設定をされている場合、メールが正しく届かないことがございますので、「@estar.jp」を受信できるよう設定して下さい。
応募の辞退について
応募期間中であれば、作品管理から応募の辞退が可能です。(操作手順はこちら) 締切後の応募辞退は原則として出来ませんので、ご応募の際はご注意ください。
※50音順・敬称略
 我が国が第二次世界大戦後の荒廃から立ち直った昭和30年代始め、北海道の雪深き地方都市に生まれ、高度経済成長期に育ち、物語を書き始め、高揚の時代の終焉であるオイルショックの年に大学を卒業し、職業作家を志し、1980年代から1990年代に数多くの作品を発表した氷室冴子。  彼女は、戦後民主主義の世の中になっても、主役は男性である時代の現実を打ち破るような、感情豊かで魅力的な女性をヒロインにした物語を生み出し、同時代を生きる若い女性を中心に多くの支持を得た。日本の小説にそれまでになかった自由な新しい女性像は、次の世代の作家に大きな影響を与え、彼女が切り開いた物語の地平線は現在も限りなく大きく広がっている。  氷室冴子がわが国の小説のフロンティアを開拓し、それまでにない新世代のための物語を紡ぎだし、同時代の若い読者の共感を得る瑞々しい女性像を生み出したように、“今”をイメージさせる主人公が登場する、若い魂を揺さぶる小説を見つけ出し、これからの物語の可能性を広げていくことを目指し、この賞を創設する。 特定非営利活動法人氷室冴子青春文学賞 代表理事 木村 聡 ●氷室冴子とは 1957年、北海道生まれ。藤女子大学国文学科卒業。『さようならアルルカン』で集英社の青春小説新人賞に佳作入選。累計800万部のヒットとなった「なんて素敵にジャパネスク」シリーズ、スタジオジブリによってアニメ化された『海がきこえる』などを執筆した少女小説家。集英社の少女小説レーベル「コバルト文庫」の看板作家として人気を博す。2008年6月逝去。 ●第一回 氷室冴子青春文学賞はこちら ●第二回 氷室冴子青春文学賞はこちら ●第三回 氷室冴子青春文学賞はこちら ●第四回 氷室冴子青春文学賞はこちら 主催 特定非営利活動法人氷室冴子青春文学賞 特別協力 エブリスタ

コンテストの注意事項(必読)