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長田嘉剛さん

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長田嘉剛
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先日は失礼しました。少し整理して見たいと思います。
物部守屋については一般的な正史以外の知識しかありません。
まず、所謂神武天皇…存在していてかは不明ですが初期ヤマト政権は葛城氏の協力無しには成立しなかった。
葛城氏は、鴨族の流れであり一部は尾張氏として今の愛知県付近にも力をもっていた。
葛城氏は、ソツ彦に、代表されるように半島に、力を持っていた。また、葛城垂見宿祢が兵庫南部を、抑えていた。
葛城氏は、半島に、力を持ちかつ、瀬戸内の水運を、抑えていた、そして、大和川の水運をも抑えていた、巨大豪族であると理解しています。
かたや物部氏は、謎の氏族であり、一般的には、神武天皇東征の折り服従して連として神道や武力で天皇家に、従い大伴氏と共に天皇家の力拡大に貢献。
そして、雄略天皇の時に葛城円臣を滅ぼし葛城氏は、本宗家を、滅ぼされ力を失ってしまった。しかし、葛城氏の一族、鴨族は山城を、中心になおかつ力を有していた。
やがて葛城氏の、流れを組む蘇我氏と保守派の物部氏が、対立、結果的には天皇家を上手く抱き込んだ蘇我氏か。物部守屋を、滅ぼし物部氏は、本宗家を滅ぼされ、支族か、細々と生き残ったが、もはやかっての力は失ってしまった。
蘇我氏と物部氏の戦争のときには、片野物部や、九州の物部は、守屋に、味方しなかったと言われています。アラカヒの流れから、本宗家が守屋の系統に変わったことも起因しているかと思います。
また、宗教的な側面から、考えると物部古神道、魂振りに代表される神道と、仏教との戦いでもありました。
守屋の時に何故彼は一族から、見放され数的に不利なまま蘇我氏連合軍とぶつかり滅ぼされてしまったのかは、私には謎です。ここで、
アンシャンレジームがおこったのかも知れませんが…
守屋の謎、これは私にはわかりません。
出来ればヒントでも頂ければと思います。

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2014/05/10 07:02
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